霞の空か・・・
遠い山が花の色を映して・・・明るい
皮肉な・・・ものだな
我がふるさとの春が
このように美しいことを・・・
忘れていた
長い・・・間
だが父上、あなたは
片時も忘れることなど
なかった
守るべきこの大地の息吹・・・
今も
優しく俺を包む
だが、もう・・・遅い
平泉の地よ・・・
お前が
血塗られた手の俺ではない
九郎・・・
この地を照らす
新たな希望
父上の・・・御館の思い
奥州藤原の思い
山青く、天高く、水清らなる地に
生きる人々の思い
ああ、お前なら・・・
光を纏うお前なら・・・
思いを受けるほどに
強く、
過つことなく
進んでゆくのだろう
影に沈む俺には
触れることも能わぬ
浄土など・・・願えぬ我が身と共に
この想いも・・・
散りゆくがいい・・・
あれはもう・・・時の彼方か・・・
「名は九郎、源九郎義経と申します」
平泉に現れたお前・・・
父は討ち取られ、一族郎党離散し、兵もなく、
それでも
お前は光に包まれ
笑っていた・・・
「よう来た。源氏の御曹司よ。
これよりはこの平泉をもう一つの故郷と思うてくれ」
「はっ。身に余るお言葉、恐悦至極に存じます」
「堅苦しい挨拶など無用じゃ。
泰衡、そなたは御曹司と歳も近い。よう面倒みて差し上げるのじゃ」
「泰衡殿、よろしく頼む」
「泰衡でいい。俺もお前を九郎と呼ぶ。しかし」
「しかし・・・?」
「そんな身分でよくも平家追討などと」
「おかしいか?」
「おかしい」
「なぜだ?」
「無謀だからだ。それもわからないのか」
お前は・・・高らかに笑った
「無謀と言って何もしなければ、何も成すことはできない
それくらい、泰衡にもわかるだろう?」
「ああ、わかるさ。お前は無類の痴れ者だ」
何も持たぬお前の、高みに向けた眼差し
偽りのない心、あたたかさ・・・
まことお前は、将の器の者だった
「九郎様」
「御曹司様」
「是非、お供を仰せつけ下さいませ」
藤原の者達までが、誇らしげに
お前に付き従う
「泰衡様、どちらへ」
「馬の遠駆けだ」
「お供仕ります」
「邪魔だ。一人で行く」
「おい、心配している者に向かってその物言いは何だ」
「九郎か。邪魔なものを邪魔と言っただけだ」
「おれが一緒に行こう」
「九郎様、それでは拙者、申し訳・・・」
「ちょうど、遠くまで行ってみたいと思っていたところだ。気にするな」
「ならば、九郎は勝手に来い。遅れるなら置いていくぞ」
「乗り慣れていないくせに、俺にここまでついてくるとはな・・・」
「御館がよい馬を貸してくれたおかげだ。
武士が馬にも乗れぬようでは戦にもならん」
「・・・む?」
「泰衡、馬が、どうかしたのか?」
「・・・足を痛めたらしい」
「よく気づいたな」
「お前とは違う・・・。ここか・・・茨を踏んだか・・・」
「危ない!泰衡!」
痛みに気の立った馬が、突然暴れ出した。
馬上の九郎が宙に躍り出たかと見る間に、
蹄にかかる寸前の俺を抱えて跳びすさり
そのまま地面に倒れ込む。
「くっ・・・!」
「九郎!蹴られたのか?!」
「少し・・・かすった・・・だけだ」
「傷を見せろ!」
「お前とは・・・鍛え方が・・・違う」
「お前は客人の身だ。よけいなことはするな」
「馬鹿か・・・お前は。藤原家嫡男のお前に・・・何か・・・あったら、
奥州は・・・どうな・・・る?・・・」
「ん?!どうした?九郎っ!!やはりお前、怪我を」
「これくら・・・い・・・つっ!・・・」
ふいにお前の身体の力が抜けた
気を失ったお前と
そのまま・・・折り重なって・・・
柔らかい髪が、俺の顔にかかる
あたたかい、お前の身体
頬が、触れ合う・・・
抱き留めた腕が、全身が
痺れたように・・・重い
耳が痛いほどの鼓動
立ち上がる甘い疼き
お前に触れたのは
あれが最初で・・・
最後・・・だ
あれから、長い時が流れた
いや、お前にとっては
駆け抜けるが如き、束の間の時であったのかもしれない
信じ、慕い続け、命を賭して仕えた
血を分けた兄に
裏切られ
戻ってきた・・・
この地に
俺の前に・・・
仲間・・・とやらを引き連れて
迎えに出した銀は
道中・・・役に立ったか?
よく・・・働いてくれたものだ・・・
拾って、名を付けた、銀・・・
俺の意のままに、動く男
なすがままに俺を受け入れ
腕の中で
頬をかすかに上気させ、
押し殺した声で小さく喘ぐ
「刻限だ。行け」
「はい。泰衡様」
「仕損じるな」
「御意」
音もなく身支度を整え、
部屋を出て行く
俺は
他の道を選ぶことなどできなかった
俺は俺のやり方で
平泉を
九郎を
守るしかなかった
父上・・・
あなたに許されようと
思ったことはない
あなたの元へ行くこともない
「お花、摘んできたよ」
さっきの子が、戻ってきたか・・・
闇の帳が下りてくる
もう見えぬ・・・その花が
せめてもの俺への手向けか
「泰衡ーっ!」
遠ざかる・・・全てが・・・
御館を慕う手練れの郎党が
仇を打ち損じることなど、ない・・・
「泰衡っ!しっかりしろ!」
・・・お前の声・・・?
「何があった?!やっと戦が終わったんだぞ!なのに、なぜ?!」
そうだ・・・戦が終わり・・・最後の罪人が・・・消えゆく時が来た
それだけだ
「泰衡!!死ぬな!!平泉を置いて、逝くな!!」
これは・・・九郎か?
俺を抱いているのは、九郎なのか?
俺の頬にかかる、この熱い滴は・・・九郎の・・・涙か?
「泰衡!!」
最期に・・・
お前に会えて
俺は・・・
泰衡はかすかに微笑んだ