零零七番の不運

(ヒノエ×望美・無印ED後)



太陽がまぶしいぜ。
熊野って所は、俺には少しばかり明るすぎる。
海の青、木々の緑、どれもなぜ、これほど強く光るんだ。
闇の世界に住む俺には、似合わないものばかりだ。

しかし、任務とあっては是非もない。
与えられた指令通り、動くだけだ。
俺は通称零零七番。凄腕の間者だ。

街を歩く長い髪の娘を、俺はずっと尾けている。
まだ少女と言っていいくらいの年頃。
美人の部類には入るが、女っぽい色気ってやつは微塵も無い。
俺の相手には、まだまだ不足というところか。

ふっ・・・俺は大人だからな。
なにしろ家には、可愛い六人の妻と一人の子供がいるくらいで。
あ、間違えた。一人の妻と可愛い六人の子供だ。
上の二行は読まなかったことにしてくれ。
願望が少しばかり混ざってしまった。

いや、目的はこの娘を落とすことではない。
どういうわけか、熊野別当はこの娘にベタ惚れと評判だ。
ならば、この娘を上手く使えば、やつの弱点を押さえられる。
だからまず、この娘の行動を監視し、報告するのだ。

熊野の別当殿は、若くて頭が良くて運動神経に恵まれ家柄も申し分なく
統率力も抜群という、こうして並べただけで、俺を自己嫌悪に貶める男だ。
しかも美形だとぉぉ・・・!!

くっ・・・いけない。
任務中に熱くなっては、咄嗟の判断が鈍る。
俺としたことが、らしくないぜ。

「あの、何かご用ですか?」
あの娘が振り返った。
誰に話しかけている・・・?・・・って俺か?

気づかれた!!
さすが熊野別当の妻になるだけあって、油断ならない娘だ。
しかし、こんなことで慌てる俺ではない。

「失礼、お嬢さん。もしかして、これを落としませんでしたか?」
すかさず、凝った作りの簪を取り出してみせる。
俺は、あくまでも善意の通行人だ。

と、娘はにっこり笑った。
「落とし物ですね。届けておきます」
「え?」
娘は俺の手から簪を取ると、自分の髪に挿してそのまま行ってしまった。

おい、届けるって、誰にだ?!
即、自分で身につけておいて、パクる気満々だろうが!!
高かったんだぞ!
必要経費で落とせるかどうか、わからないんだぞ!!

心なしか楽しげな足取りになった娘を、なおも尾行する。
一度顔を見られているだけに、慎重に身を隠しながら進む。

と、大きな四つ辻に出たところで、娘が周りを取り囲まれた。
曲者?!・・・・・・、と思ったが、周囲にいるのは全員若い娘ばかりだ。
「ちょっと、あなたがヒノエ様のお嫁さんなの?」
「フツーの子のくせに、生意気よ」
とか言っているのが聞こえてくる。
ふっ、俺としたことが、とんだ早とちりだったぜ。

物陰から様子を見ているうちに、
どういうわけかあの娘、皆と親しげに話し始めたじゃないか。
いつの間にか仲良くなったらしい。
笑いながら手を振って別れるとは。
・・・・・・できる!!

・・・・・・ちょっとうらやましい・・・。
俺って、人見知りする性質だからなぁ。
だからこんな仕事選んだんだけど・・・。
・・・って、上の三行は読まなかったことにしてくれ。

うを!
いじけて目を離している間に、
今度はあの娘、恐そうな無頼漢と睨み合ってる。
後ろにかばってるのは童か。
何があったか知らないが相手は五人。
どうするんだ?!
俺は任務遂行上と、戦闘レベルの都合上、助けには入れない。

あ・・・
あっけなく無頼漢が、ぶちのめされた。
俺も気をつけよう。

それにしても、
熊野別当妻の観察日記は、すごいことになってきたぜ。

娘は街を出て、山の方へと歩いていく。
健脚だ。
俺も足を速める。

いい加減、さすがの俺も息が上がりそうになった時、
娘は足を止めた。

楠の大木の陰から、鮮やかな髪の色の少年が現れる。
あ・・・もしかして・・・

「遅かったね。オレを焦らせるなんて、罪な姫君だね」
「ごめんね、ヒノエくん」

「ところでさ、その簪、見たことないけど」
「ああ、これ?あの人からもらったんだ」
娘は真っ直ぐこっちを指さした。

あ、あげてねえよ!俺!!
お前が勝手にパクったんだろうが!!

「知らない人から物をもらっちゃいけないよ、姫君」
「そういえばそうだね」

常識だろう、そういうのってさ。
今さら納得するなよ。

「姫君を簪で誘惑しようとした上に、
オレ達の逢瀬を邪魔するなんて、無粋なヤローだね」

うわっ!こっち見て・・・別当様、怒ってる?

「後は頼むよ」
あ・・・行っちゃった。
と、思う間もなく、
グワシッ!
両側から、腕をつかまれた。
「どこの間者だ?」
「ゆっくり話を聞かせてもらおうか」

こ、これが悪名高い熊野の烏か。
家で待つ、可愛い六人の妻と一人の子供の顔が脳裏をよぎる。
あ・・・。上の一行は読まなかったことにしてくれ。
またまた願望が少しばかり混ざってしまった。









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あとがき



ヒノエくんのお誕生日SSです。
それにしては、ヒノエくんの出番が少なすぎですが、
ちょっと視点を変えたものが書きたくて。

ギャグ風味ですので、間者さんにはカタカナ現代語を
遠慮無く使わせています。

なお、可哀想な間者さんのこの後の運命は、
誰も関知していません(笑)。


2007.4.1筆