追儺(ついな)の日

(リズ×望美・「迷宮」ED後)



二月といえばバレンタインデー!

そのことを考える度に、望美はそわそわ浮き浮きと落ち着かない。
何しろ、リズヴァーンと迎える、初めてのバレンタインなのだから。

まだイメージはできていないが、手作りチョコを構想中だ。
記念すべき初チョコ。
「望美スペシャル」を作らなければ。

先生に、何て言って渡そうかな…
どこで渡せばいいのかな…
あ、そうだ、まず最初にバレンタインデーのこと説明しないと…
先生、喜んでくれるかな…
それで…その日は先生と一緒に……
きゃぁぁぁ~~~♪

あれこれ想像しては、顔がユルむ。

しかし!

二月三日。
望美は、近所の幼稚園児が振り回しているものを見て、
今日が何の日か、やっと気づいた。

子供が手にしているのは、画用紙でできたお面だ。
クレヨンで描いたとおぼしき顔には、牙のある口。
毛糸を貼り付けたもじゃもじゃの髪に、にょっきりと角がのぞいている。

あああああっ!!

甘くて楽しいバレンタインデーの前に、
乗り越えなくてはならない試練の日があったのだ。
それが今日、節分の日。
世間が一丸となって「鬼」を排除にかかる日だ。

もちろん先生は大人だから、そんなこと気にしないだろうけど……。
でも、気分がいいはずないよね。
あっちの世界でも、鬼の一族は受け入れられていなかったんだから。

望美はぐっと拳を握りしめた。

先生! 節分の日でも私、「鬼は外!」なんて言いませんから!
近所中から、そんな声が聞こえてきても、私、大声で
「鬼は内ぃぃぃいいい~~~っ!!!!」って言い返しますから!

とにかく!今日は絶対、先生を一人にしたくない!!

望美は鼻息も荒くリズヴァーンの家に走った。

「ごめんください!」
玄関を入ると、リズヴァーンは姿を現さず、奥から声がした。
「神子か。上がりなさい」

香ばしい匂いが漂ってくる。
台所に入ってみると、リズヴァーンがコンロに向かっていた。

「あ…お豆」
「大豆を炒っている。今日は年の数だけ食さねばならないのだろう?」
「え? あっ、ああ、そうでした。はい。でもあの…その……」

リズヴァーンは不思議そうな顔をする。
「神子、どうした? 今日は節分。季節を分ける日ではないのか」
「は…はい。そうです」
望美はリズヴァーンを見上げた。
「先生は、節分の行事のこと、ご存知なんですね」
「無論」
そして、望美の少しためらったような口調に気づいて、
リズヴァーンは付け加えた。
「豆をまいて、鬼を追い出すのだろう」
「あの、でも先生! 私、『鬼は外』なんて絶対言いません。
というより、言えません……」
リズヴァーンはふっと微笑むと、望美の頭を優しく撫でた。
「神子は、私を気遣ってくれているのだな。感謝する」
「先生…」
「この世界で生きていくからには、この世界の慣習に従うのは当然のこと。
私はこの世界の鬼とは違う。だから、気にしなくてよい」
「はい」

やっぱり、先生は大人なんだ。
ちゃんと分かってる。
それなのに私、よけいな心配しちゃって、かえって失礼だったかも…。

望美は少し照れながら、リズヴァーンの腕にきゅっとつかまった。


「わあ、いい香り。とてもおいしそうですね」
炒り上がった大豆を前に、望美が思わず手を伸ばした時、
リズヴァーンが厳しい声で言った。
「待ちなさい、神子。それより前に、しなければならないことがあるはず」
「へ? もしかして…」
「そうだ。豆まきだ」

リズヴァーンは、豆を升に移した。
「調べたところによれば、豆まきは古き年の邪を祓うために行うもの。
鬼はその象徴という。
神子、私に向かって遠慮無く豆を投げなさい」

……先生、どうしても、豆をまくつもりなんだ……。

「でも、先生は鬼だけど鬼じゃありません」
日本語としておかしいが、望美としては正しい。

リズヴァーンはあくまでも冷静だ。
「もちろん、この世界の鬼についても調べてみた。
鬼の一族とは、かなり相違があることも分かっている。
この世界の鬼には、主に赤と青の二種があり、
総じて赤はがっちりとした体型、青の方は、ひょろりとしているようだ。
その対比は、赤い帽子と緑の帽子の配管工兄弟と似ている。
話には、しばしば悪者として登場するが、
子供にあっけなく退治されてしまうこともあり、
あまり強いとはいえない存在だ」
「何だか、微妙な解釈のような…」

「神子、気が進まないのか」
「はい……だって、先生ですから…」
「そうか、ではあれを使おう。
何のためにあるのかと不思議に思っていたが、
臨場感を出すための手段だったのか…」
「???」

リズヴァーンは奥の間に引っ込み、すぐに戻ってきた。
「これなら、私はこの世界の鬼に見えるだろう」
「あ~~~っ!」
「すうぱあまあけっとで豆を買った時に、付いてきたものだ。
何のためなのか、用途が分からなかったが…」
「先生…お願いですから、鬼のお面は付けないで下さい」
「神子がそこまで願うなら…」
リズヴァーンはしぶしぶ鬼のお面を外した。

「残念ながら、鬼の扮装までは用意できなかったので、
この面だけでもと思ったのだが」
「お…鬼の扮装って…もしかして…」
「無論、黄色い白虎柄の腰覆いのことだ」
「…きいろいびゃっこのこしおおい…って…

「神子、顔が赤い。熱でもあるのか」
「…………せ…せんせい………今度、一緒に……」
「私と一緒に?」
「………動物園に行って…本物の虎を見ましょう……」
「望むままに」

リズヴァーンは、すっくと立ち上がった。
「では始めよう。神子、これは修行と思いなさい」
望美も覚悟を決める。
「はいっ! 先生」

そして豆まきは始まった。

「とぉりゃああああっ!」
「神子、かけ声を誤るな」
「ふくはうちぃぃぃ!!」
びゅんっびゅんっびゅんっ!
「読みが甘い! そのようなことでは、一粒たりとも当てられぬぞ」
「おにはぜったいにうちぃぃぃぃ!!」
どひゅっどひゅっどひゅっ!!
「勢いだけで私を追い詰められると思うな」
「きええええええっ!」
どががががががががが!!!


その日隣家の住人は、気合いに満ちたかけ声に圧倒され、
遠慮しながら豆まきをしたという……。
ってゆうかぁ、きんじょめいわくぅ?


「いい汗かいた後は、お茶がおいしいです」
「よくがんばったな、神子」
「ありがとうございました!」
「では…」
「お豆を食べましょう! ええと、あそこにも、ここにも」
望美は畳の上の豆を拾おうとして、手を止めた。
「あ、先生…これって、お行儀悪いって思うかもしれませんけれど、
まいた豆を拾って食べるのが…」

リズヴァーンは微笑んだ。
「神子がお腹をこわすといけないので、家中清めてある。
安心して食べなさい」
「はいっ! いただきま~す♪
……ぽりぽりぽり…
わあ、おいしい!」

う~ん…先生の半分しか食べられないのが残念だな…。
リズヴァーンの手の中の豆と自分のを見比べながら、望美は思った。

その時、天啓がひらめく。

そうだ! バレンタインチョコに、炒った大豆を入れてみよう!
ナッツのチョコみたいな感じで。
甘いチョコと、香ばしい大豆。
味のアクセントに、大豆は塩味にしよう。
この組み合わせって、あんまり無いよね。
うん! これでいける!!


にこにこしながら豆をほうばる望美を見ながら、
リズヴァーンは幸福な思いに浸っていた。

「望美スペシャル」がここに誕生したことを、
幸せなことに、リズヴァーンはまだ知らない。






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鬼といえば定番?の節分話でした。
まじめにボケる二人をお楽しみ頂けるとうれしいです。
なお、この話は「受難の日」「受難の日・2」に続きます。


2009.4.01 拍手より移動