うとうとしては目が覚めての繰り返し。
5回まで数えて、あとはカウントするのを止めました。
そのうち眠れるだろうと思っていたら外が明るくなり、
携帯の目覚ましアラームが銀の声で語りかけてきて、次は泰継で、最後は先生・・・・。
もういいや、と起き出しました。
外は晴れ。
今日も暑くなりそうです。
でも、天気予報が少々不穏なことを告げているのが気がかりです。
さて、比叡山には、伝教大師様の故郷と言われる坂本側(滋賀県側)から、
ぜひケーブルで登りたいと思っていました。
漠然と、滋賀県側から比叡山を通って京都に入るルートで、
今回の京都旅行を始めたいな・・・・と。
でも、もう京都に直行しちゃってます(笑)。
こうなったら、京都側から、ケーブルカーとロープウェイを乗り継いで、
延暦寺へと行きましょう。
あの可愛らしい鞍馬電鉄の電車にもまた乗れる♪(←少し、鉄っちゃん入ってます)
京都駅からドライブバスを使うルートは、乗り換えの手間がなくて魅力的でしたが、
自動車より鉄道が好きなのと、司馬遼太郎氏著「叡山の諸道」を読んで
少し思うところがありましたので。
2回目なので、迷うことなく出町柳駅へ。
(↑プチ自慢らしい)
またまた仲よく並んで出発を待っている、鞍馬行きと叡山行きの電車。
今回は鞍馬行きの車両を指をくわえて見送りました。
駅で早速パチリ!
発車ぎりぎりでした。
というのも、彼女を撮りまくる写真くんが、やはりぎりぎりまで粘っていたからでした。
いや〜な予感は的中し、この日はずっと、このカップルに行く先々で
写真撮影待ちを余儀なくされたのでした(苦笑)。
カメラ片手に黙って待っている私は無粋なオジャマ虫かと思ったのですが、
どうもあの二人にとっては、アウトオブ眼中だったような。
鞍馬行きとの分岐になる宝ヶ池から2つめで、終点の八瀬駅です。
鞍馬山に行った時のことを考えると、あっけないほどの短い距離。
でも、駅を降り立つとすでに山、という雰囲気です。
案内板に従って、ケーブル駅まで歩きます。
途中渡った清流は、大原から流れ下ってきた高野川です。
横から見ると、かなりひしゃげた平行四辺形のケーブルカー。
急な斜面に合わせて設計されているので、車両の中も階段状です。
椅子は下方を向いているので、眺望は開けています。
山の木に隠れて京都の街は少ししか見えませんが、ずいぶん高い所まで
来たんだなあ、という実感が。
車内のBGMがなければ、もっとよかったのですが・・・。
窓から入る山の空気と風の音、鳥の声だけで、あとはもう何も加える必要はないと思います。
ケーブルカーからロープウェイを乗り継いで、山頂へ。
山と雲の狭間に、遠く京の街。
細い道が近くに見え隠れしながら続いています。
京から比叡山へと登る道は幾つかありますが、今見えているのが
何という道なのか、残念ながらわかりませんでした。
でも、無性に歩きたくなります。
目的地に着く前にへたばって、平べったく倒れそうですけれど(笑)。
ロープウェイの駅から、叡山の各エリアを結ぶバスの停留所までは、少し山道を歩きます。
途中、すごい山道への分岐があり、標識によれば、延暦寺に行けるらしい・・・・。
さっき山道を歩きたいとホザいた真宮は、ここではすっかり気が変わっていましたとさ。
比叡山には、西塔、東塔、横川の3つのエリアがあり、
それらを総称して延暦寺と呼ばれているそうです。
武蔵坊弁慶(史実)のいたのは西塔。
まずはそちらを訪ね行きました。
日が高くなり、少し蒸し暑くなってきました。
西塔の諸堂へは、バス停のある広い駐車場から急な坂道を下りていきます。
方向音痴の私は、駅で貰った比叡山の地図と案内板の地図を慎重に見比べ、
しっかり納得してから歩き始めます。
奥まで行かないなら、そこまでする必要もなかったのですが(苦笑)。
論湿寒貧と古来より言い慣らわされてきた通り、舗装された駐車場から木立の中に入ると
とたんに涼しく、さらにはじっとりとした湿気が辺りを覆っています。
訪れる人も少なく静かな山道を少し逸れて、
階段というにはあまりにも段差の大きい下り道を行くと、椿堂という美しい名の小さなお堂。
案内板に寄れば、聖徳太子ゆかりとか。
はるか飛鳥の時代のお方ですが、思いもかけぬ所にいらしていたのですね。
下り坂から転じて、少し急な上り坂をしばらく行くと、
弁慶さんの伝説の残るにない堂があります。
左右対称に同じ形のお堂がつながる変わった設計。
中央のつなぎ部分を弁慶さんがかついだとか・・・。
やはり、力持ちの大男・・・というイメージなのですよね、歴史的には(苦笑)。
比叡山にはこの他にも、大鐘を引きずって比叡山を登ったとか、
それに類する伝説が残っています。
でも、神子達の弁慶さんは違うのよーっ!と心の中で叫んでいたら、
道端になんと!この季節に!紫陽花が咲いている!!
この写真は、東塔にある延暦寺の総本堂、根本中堂への道で撮ったものです。
延暦寺に紫陽花。できすぎ!です。もう、うれしくて!
根本中堂にお参りしつつ、ここに来たのは何年ぶりか、としばし追憶にふけりました。
真宮の在学した大学の学科には、奈良京都を巡って単位が貰えるという、
実に美味な「研修旅行」という科目がありました。
ということは、前に来た時は女子大生・・・。
そういえば、奥に通して頂き、声明の練習風景を見学する時にも、
年若い僧侶の修行の妨げにならぬよう、
露出の多い服装は避けるようにとのお達しがあったような?
根本中堂のご本尊、薬師如来像の前には、
とても声の大きな案内役のおじさんが率いるお年寄りの一団が。
耳の遠い方もいるのでしょう、とは思いながらも、落ち着いて参拝することができず、
静かになるまでしばし瞑目して待ちました。
この時間を、惜しかったとは思えません。
けれど、ここで費やした数分の差で、帰りのバスが行ってしまいました。
小雨が降ってきました。遠雷も聞こえます。天気予報は当たったようです。
けれど、そんなことにはあまり頓着せず、次のバスまでの貴重な時間、
今再び来られるかどうかわからない、延暦寺東塔をぶらぶらとして過ごしました。
けれど、バスが駐車場に入ってきた時、急に雨足が強くなり、
ほんの数秒の内に、弱→強→激→爆激と、スイッチの4段切り替え!
あんなすごい雨、生まれて初めて経験しました。
バスを降りた時には、幸い強段階まで弱まって(笑)いたので、
小川と化した山道を歩いてケーブル駅へ。
一つ前のバスを逃したことが大きく、この後待ち時間のロスが合計1時間以上にも。
でも、下界に降りた(本当に、こんな気持ちだったのです)時には、
まだまだ活動時間はたっぷり(大笑)。
ただ、寄ってみたいと思っていた、出町柳駅近くのスコーンと紅茶のお店はあきらめました。
前回来た時に、横目で見ながら通り過ぎたのが、今もって残念で・・・(←食いしんぼ)。
京阪電鉄に乗り換えて墨染へ。
駅の地図と手元の地図を見比べ、「橋を渡ってしばらく行ったところで左折」と理解して
歩いていると、あれ?もう目の前に墨染寺がある・・・・・???
同じ名前のお寺が幾つもあるわけはないし、ということで深く考えるのはやめました。
商店街の一画に肩をすぼめて建っているような山門をくぐります。
中もまた、こじんまりとした雰囲気で、墨染桜は入ってすぐ右手にありました。
頼久が桜花を仰ぐ、天の近くにあるかのようなイメージとは、かなり違います。
次は伏見稲荷大社。
墨染駅への道を急ぎながら、左中指がかゆい。
さきほどお寺で写真を撮っている時に、ヤブ蚊がとまっていたところです。
寺で殺生は・・・と思い、とっさに吹き飛ばし(苦笑)たのですが、やはり・・・。
でも、かゆみよりもっと問題なのは・・・・
私・・・真っ直ぐ歩けない・・・。
どうやら、やっちまったらしい。
暑い中歩くには、お茶とスポドリだけでは足りなかったか・・・エネルギー。
で、稲荷と言えば、あれです。いなり寿司です!
好物です。!
伏見稲荷参道のお店でいなり寿司を買い込み、
それだけでエネルギーチャージ完了した気分で、いざ!千本鳥居へ突入!!
圧巻でした。
延々と山の上まで続いていく、赤い鳥居。
繰り返し、同じものが続いていくこと・・・
昨日訪れた三十三間堂の威容を思い出しました。
これを作らせたのは、何なんだろう。
執念?業?
薄っぺらく生きている真宮には想像するのも困難な
「生きる」ことへの執着なのかもしれない・・・と想像するのが精一杯です。
まあ大社前には、「鳥居の寄進承ります」というお店もあることですし、
なんといっても、商売繁盛のお稲荷さんの総元締めですから、
現世利益の部分も大きいのでしょうけれど。
以前から痛めていた足が悲鳴をあげ始め、さらには比叡山から雨も追いかけてきて(?)
雷鳴まで轟くに至って、鳥居の中程で引き返すことにしました。
その途中、空は晴れ渡ったのに雨だけが降る、きつねの嫁入りに。
お稲荷さんで体験すると、何やら不思議な気分です。
頼朝様と政子様の婚礼の日も、このようなお天気だったのでしょうか。
この時点で4時を少し過ぎたところ。
ええかっこしいの真宮は、駅のベンチで人目を気にしながら
いなり寿司を二つばかり口に放り込みました。
甘かったです!!糖分補給はこれでばっちり。
足はがくがくしていますが、平坦な場所ならば、ということで
国立博物館へ行くことにしました。
場所は三十三間堂の真ん前。
昨日は休館日だったのですが、入り口の掲示板で、ちょうど開館110年記念の特別展が
開かれていることを知りましたので。
敷地内の広場は、東京の国立博物館とよく似た雰囲気。
でも、周囲の景色がまるで違います。
西に傾いた太陽を背に入館。
開館時間が6時まで、というのは本当にありがたいです。
「遙か」関係の展示物では、何といっても、あの有名な源頼朝像でしょう。
しかも展示は平重盛像と向かい合う形で!!
頼朝様、すっごくいい男です。中井貴一は、目元がそっくり(笑)。
重盛様、どこかで会ったことのある人に似ています。
誰なのか、今だ考え中(苦笑)。
ただ、最近の研究によれば、どちらも足利家の人物のようなのですが・・・。
妄想的には残念。
博物館を出る頃には、さすがに薄暗くなり始めていました。
そのような中撮ったので写り具合は悪いですが(大汗)、
広場にあった石塔で、源義経の家人である佐藤継信・忠信兄弟の墓と
伝えられていたものです。
今日は疲れたからよく眠れるはず・・・・と思っていたら、
TV番組表を見ると、え?アンジェの放映が夜中に・・・。
家では視聴できないので、目覚ましをかけ、
結局寝不足は解消されぬまま、
3日目に突入することになったのでした。