|
男は端正な口元に、薄く笑みを掃いた。 「果たせぬ想いに惑い、消えることもままならぬか」 滑るように牛車を降りた男の髪が、夜闇の中、金色に光る。 と見る間にその姿がかき消え、次の瞬間、男はうち捨てられた屋敷の門前にいた。 塀は崩れ、門は今にも倒れそうに傾いている。 夜露に濡れた草を踏み分け、男は荒れ果てた庭に踏み入った。 哀しげな泣き声は、水の涸れた池の前から聞こえてくる。 その声の源を見下ろし、男は呟いた。 「哀れなものよ・・・」 そして男の顔に、皮肉な笑みが浮かぶ。 「しかし、これもまた一興か」 男はつい、と腕を伸ばし、むせび泣く声に向けた。 不可思議な力が辺りを満たし、周囲の草がざわめき始める。 突風が吹き、庭の古木が軋んで大きく揺れた。 「目覚めよ・・・」 男の声と共に、朧な闇を目も眩むような光が貫く。 三日月に淡く照らされた庭に、再び夜の闇と静寂が戻った時、 男の足元には、緋色の衣の女が横たわっていた。 |