運命のその日―――
「ハンニンハ、ヤス……」
この言葉を残して式神は息絶えた(正確には戦闘不能=お目々くるくるになった)。
そして式神が警護していた龍の宝玉も消えた。
その場にいた「ヤス」の全員、即ち
泰明
泰継
泰衡
の三人が容疑者として浮かび上がったのは当然と言えよう。
以下は、この事件の顛末である。
******************************************
「ぐぎゃぁぁっ!!!」
安倍屋敷に響き渡った悲鳴が、事件の始まりだった。
その日は、安倍家を会場にして、とても特別で極めて重要な
「とある二十年祭」(←おめでとー、そしておめでとー!)が執り行われていた。
龍神のはからいにより時空が開かれ、
各時代の神子と八葉に加え、縁ある登場人物達も集まっている。
しかし、このめでたい寿ぎの場で事件は起きてしまった。
大広間の一画から大きな悲鳴が上がり、
皆が駆けつけると、巨躯でいかにも強そうな式神が倒れていた。
傍らの立派な台座も横倒しになり、
そこに特別展示品として置かれていた龍の宝玉が消えている。
「誰にやられた!?」との問いに式神が返したのが、
「ハンニンハ……ヤス……」
という言葉だ。
すぐに式神マスターもとい主の安倍晴明が呼ばれたが、
晴明は難しい顔で首を左右に振るばかりだった。
「再起動をかけたら、記憶が吹っ飛んでしまったようじゃ。
記憶の保存はこまめにせねばと、常々言い聞かせておるのだが……。
しかしこれは一大事じゃ」
「確かにせっかく書いたものが全部吹っ飛ぶなんて一大事!」(誰)
***************************
―――その頃、
あかね、藤姫をはじめとする神子&女子&子供チームは
別室でアフタヌーンティーを楽しんでいた。
詩紋と譲が腕をふるったスイーツの数々が
ケーキスタンドに盛り盛り盛り盛り盛り盛りだ。
もはやケーキバイキングと遜色ない。
神子達のこぼれんばかりの笑顔と笑い声。
龍神様はその様子をあたたかく見守り、
つまり宝玉はノーガードであったのだ。
***************************
現場は早速封鎖され、誰一人として出入りができないようになった。
式神の悲鳴が上がった時から逆算して、
犯人が大広間から逃れた可能性はない。
何より急がれるのは犯人の特定だ。
大広間は一転、法廷の趣を呈し、
そこには事件当時大広間にいた全員、
即ち、八葉に加えゲストキャラや式神、
安倍家の陰陽師も顔を揃えている。
「さて、宝玉強奪の容疑者はこの三人――
泰明殿、泰継殿、泰衡殿に絞られました」
検非違使別当・幸鷹の前には、
仏頂面及び無表情及び眉間に縦じわを寄せた
あからさまに不機嫌な顔が並んでいる。
泰明「犯人ではない」
泰継「無実だ」
泰衡「フン……」
幸鷹「ご不快な気持ちは理解しますが、
事件の時空的影響ははかりしれません。
知っていることを包み隠さずお話し願います」
詩紋「かっこいい! 幸鷹さんて刑事ものに出てくる人みたいだね」
天真「刑事ものか。俺もやってみたいぜ、捜査一課長とか」
幸鷹「まず、皆さんの容疑の理由ですが、
1.式神のダイイング・メッセージ(生きてるけど)の『ヤス』という言葉
2.強面の式神(しかも晴明の精鋭)を倒せるのは、
a)式神を熟知している陰陽師であり
b)並外れた力量の持ち主と思われる
3.アリバイがない
の3点です」
友雅「何ともややこしいことだ。
シリーズ3作に出ている陰陽師の名が『泰』かぶりとは」
翡翠「これは面白くなってきたね」
永泉「泰明殿……いえ、八葉にとって宝玉はかけがえのないもの。
盗人のような真似をするなど考えられません」
泉水「永泉様の仰る通りです。
私たち八葉が自ら宝玉を汚すようなことはいたしません」
幸鷹「確かに、泰明殿泰継殿が八葉という事実は大いに考慮すべきでしょう。
ですので率直に言って、最も宝玉への思いが薄く、
かつその重要性を認識しているのは、泰衡殿ではないかと思うのですが」
イノリ「幸鷹ってすげーな、いきなり名指しかよ」
イサト「さすが京の検非違使別当だぜ」
頼久「我が源氏とは曰く因縁のある泰衡殿だが、
申し開きは聞くべきではないか」
頼忠「同意する」
泰衡「申し開き?
フ、強いというなら最強は神子殿だろう。
式神ごとき瞬殺だ」
1、2一同「え?????」
3一同「その通りです」
九郎「おい、(俺とはなんとなく因縁深い役職の)幸鷹とやら。
容疑理由3が分からん。泰衡と蟻は関係がない」
将臣「蟻じゃねえ。アリバイは不在証明って意味だ」
九郎「きょとん……」
譲「兄さん、この時代の人にはもう少し分かりやすく説明しないと。
平たく言えば、事件の時に別の場所にいたなら、
その人は犯人じゃないということです」
泰継「幸鷹が私を容疑者その2と設定したのは大きな誤りだ。
だがアリバイという異国の言葉の意を学べたことはよかった。
しかし幸鷹、不在証明を問うなら、
この場の全員を調べるべきではないか」
幸鷹「アリバイに関しては泰継殿の仰る通りにするのが公平でしょう。
しかし実際、神子殿達を除き現場に近づく機会は誰にもありました。
ですのでより重視すべきは、式神が最期(生きてるけど)に発した言葉と、
式神を倒す実力を持っているかどうかなのです」
将臣「ちょっと待った。
現代組として言わせてもらうが、式神の言葉ってやつが気になってならねえんだが」
譲「そうだな、兄さん。俺もひっかかってる」
詩紋「実はボクも、どこかで聞いたセリフだと思ってたんです」
天真「俺もだ。『犯人はヤス』……ってやつだろ?」
(京生まれ一同)「??????」
天真「これは俺たちの世界じゃわりと有名な言葉なんだ」
詩紋「でも元ネタはゲームだし、それを式神が言ったのは偶然かも……」
泰明「ならば、言わされたのかもしれぬ。
たとえお師匠の式神でも、力のある者ならば操ることはできる」
幸鷹「泰明殿、それは自白ですか?」
泰明「私にはできるが、やったのは私ではない。
そもそもげえむなるものを知らぬ」
泰継「式神が操られたなら、最期(生きてるけど)の言葉自体偽りということになる」
泰衡「そういえばこの場にもう一人、陰陽師殿がいたようだが……」
幸鷹「泰衡殿、それは誰ですか!?」
泰衡「そこにいるへそを出した軍奉行殿だ」
景時「え? オレ?
いやいやいやいや、オレ、陰陽師だけどそんなに優秀じゃないし、
そもそもげえむとか知らないし……」
ヒノエ「景時、それじゃ説得力ないぜ。
両手を上げて驚いてるだけじゃダメだってね」
弁慶「うろたえる気持ちも分かりますが、
ここは反証を上げるべきだと思いますよ」
敦盛「いや、景時殿はいきなり疑われたのだ……。
反証などすぐに出せるとは……思えない」
リズヴァーン「だが時が迫っている。
いつまでも時空が開かれているわけではない。
誰であれ、疑いを解くなら急がねばならぬ」
泰明「そのとおりだ。
さっさと決着をつけよう」
幸鷹「泰明殿、何かお考えがあるのですか」
泰明「ある。
そもそも名前に泰のつく陰陽師を容疑者をする前提が間違っていたのだ。
式神の言葉は何だったか?
『ハンニンハ……ヤス……』だ。
式神は漢字で話してはいない」
一同「!!!!」
?「くっ……」
泰明「つまり、『泰……』ではなく、あくまでも『ヤス……』で、
『……』部分には明・継・衡以外の言葉が続くのではないか」
幸鷹「なるほど。考慮すべき提案です。
では、ヤスに続く言葉はなんでしょう。
会場のみなさん、何か思いつく言葉はありますか」
「ヤスヤスと逃げていった」
「そうそう」
「ヤスりが凶器だ」
「ふふふ……」
「ヤスめ、きをつけ、礼!」
「何……」
「ヤスしきよし」
「ちょ……」
「ヤス来節を踊っていた」
「ええぇ……」
「ヤスらかに眠った」
「……じゃなくて」
「ヤスみたいのに休めない暗黒企業の従業員だった」
「むかっ……」
「ヤスっぽい服を着ていた」
「………し……失礼な……」
「ヤス物買いの銭失い」
「………いいかげんに……」
「ヤスかろう悪かろう」
「していただくわっ!!」
会場の一画に凄まじい邪気が膨れあがった。
怒りの言葉の主は妖狐に乗った、人ならぬ力を放つ女性――
荼吉尼天だった。
3一同「やはりお前か、荼吉尼天!」
会場の全員が一斉に戦闘態勢に入る。
荼吉尼天「まあ、3の皆さまにやはり、と言われてしまったわ。
いくら私が有名でも、予想がついていたような口ぶりは失礼ではなくて?」
3八葉「だって望美乗っ取って鎌倉の街を闊歩してたよね。
中古のゲームショップとかのぞけたよね。
迷宮の中でゲーム三昧できたよね」
泰明「ごにょごにょ……八葉と顔なじみなのか」
泰継「ごにょごにょ……それゆえ行動様式を見抜かれたようだ」
荼吉尼天「そこのヤス二人! 内緒話はお止めなさい」
泰明「自分の立場が分からぬか、荼吉尼天。
陰陽師の前で真名が明かされたからには、
たとえ神であろうと無事ではすま………!」
晴明「ええい泰明、前置きなど不要じゃ!
ナウマク サンマンダ ボダナン マカカラヤ ソワカ」
マハーカーラの真言と同時に、
梵字の書かれた無数の呪符が湧き出て荼吉尼天を取り囲み覆い尽くした。
荼吉尼天「きゃああああああっ!」
晴明「我が屋敷で好き放題するとは、たとえお客様神とて容赦はせぬ」
荼吉尼天「……不意打ちは卑怯ですわ………………ぐふっ」
晴明「卑怯じゃと? 龍神の肝いりゆえ会場を提供したが設営やら人・式神員配置やら
参加者全員の日程調整やら時間通りの進行やらバックヤードの仕事は
多忙の極み……にも関わらず、それを邪魔して騒ぎを起こしたばかりか
この晴明自ら育成した大事な式神をぶちのめしおってからにどうしてくれようか
そもそも荼吉尼天って部下を育成したことないよね威嚇でよしと思ってるよね
そんなのは親でもなければ子でもないましてや上司でもないこの晴明怒り心頭悪即斬つまり
戦いは非情なものじゃ。
分かったか、後輩陰陽師よ」
後輩陰陽師一同「よっっっく分かりましたっ!!」
そして荼吉尼天はおとなしく消滅し、
その後には龍の宝玉がころりと転がった。
***************************
「↑というようなことがあった。むぐむぐむぐ」(おみやげのケーキを食べながら)
「まあ、大変だったんですね。むぐむぐむぐ」(おみやげのケーキを食べながら)
「神子の方はどうだったのだ、女子会は楽しかったか? むぐむぐむぐ」(おみや以下略)
「ええ、とても!♪!♪!
美味しいスイーツも盛り盛り盛り盛り盛り盛りで、むぐむぐむぐ。
こうしておみやげもたくさんもらって、今は泰明さんとスイーツ三昧で
最高の一日でした。むぐむぐむぐ」
「神子が楽しかったならそれでいい。むぐむぐむぐ」
「ふふっ、泰明さんもスイーツを気に入ってくれたんですね。
うれしいです、むぐむぐむぐ」
「すいーつは美味だ。むぐむぐむぐ。
だが神子がいるから美味なのだと思う。むぐむぐむぐ」
「だったらこちらも食べてくれますか?
じゃじゃ〜〜〜〜ん!!」
「これは何だ、神子……巨大なすいーつだが……?」
「私が作ったお誕生日祝いのケーキです。
今日はいろいろあったけど、なんと言っても泰明さんのお誕生日ですから。
おめでとうございます、泰明さん!!
心をこめて作ったバースデー・ケーキをどうぞ!!」
「ごくり……神子の心がこもったすいーつ……
いただきます」(すごく前のめりに手を合わせる)
にっこり……
ぽっ……
***************************
事件の顛末は以上。
結論としては、どうぞお幸せに、である。
お後がよろしいようで……。
[小説・泰明へ]
[小説トップへ]
サイト初の超甘甘なお話でした。
みなさまも、糖分の摂り過ぎにはご注意を!
泰明さんハピバSSなので、
新暦では遅刻ですが旧暦ではセーフな日にアップできてうれしいです。
そして泰明さん、本当におめでとう。
「遙か」であなたに出会えて幸せでした。
そして泰明さんのおかげで今もとっても幸せです。
1・2・3キャラ集合のにぎやかなお誕生日もいいですね。
やっぱり大勢の八葉がわちゃわちゃしているのは楽しいです。
2021.10.14 筆