夏の空・二つの海

熊野の海



異国の大きな船と、陸奥の国から来た船が、
隣り合って泊まっている。
どちらも港に着いて間もない。

先程から水軍衆が、二つの船に分かれて乗り込んでいる。
船に積まれた荷の検分のためだ。

と、船の上から相次いで、検分終了の合図があった。

周囲に待機していた人々が、一斉に動き始める。
荷を下ろす男達、新たな荷を運び込む男達、
久々の土の感触に、大きく伸びをする者、
あたたかくなった懐を確かめるようにして、
上機嫌で街へと走る者、
彼らを相手に商いを始める者、
荷の買い付けの交渉をする者、
様々な人々が入り乱れ、船の周りは大変な混雑ぶりだ。

浜には臨時の市が立ち、雑踏の中に呼び込みの声が賑やかに混じる。

熊野は以前にも増して活気に満ち、
人々がさかんに往き来する国になっている。



あれから、一年が過ぎた。

夏の空の下、鎌倉の海で、私はヒノエくんに決意を伝えた。
ヒノエくんと共に再び時を渡り、
この世界に来る……と。

もう、戻れない。
私の世界は遠い時空の彼方。

けれど……


異国の船の甲板に、燃えるような赤い髪が見えた。

その髪の主は、荷を担いだ大男の間を軽やかにすり抜けると、
ひらりと地上に飛び降りる。

「お役目は無事終わりました。
頭領は、すぐ来ますよ」
船から下りてきた副頭領が、 にまりと笑って通り過ぎた。

「検分、ご苦労様でした」
後ろに続く水軍の若衆達に声をかけると、

「いやあ、頭領がいると、やっぱり話が早いですよ」
「お迎えですか〜?」
「いいなあ、頭領」
「俺もがんばるぞ〜〜」
「一生がんばってろ」
「何だと」

威勢がいいのか悪いのか、よく分からない返事が返ってきた。

「仲がいいねえ」
「うらやましいよ」
立ち話をしていたおばさん連が、
こちらを振り向いて冷やかすように言う。

「う〜〜ん、妬けちゃう」
「独り占めなんて、ずるいよ〜〜」
若い娘達も、おばさんと一緒に笑っている。

いつもの光景だ。
名前も知らない人達とも、
こうして他愛ない言葉を交わし合い、笑い合う。

気がつかないうちに少しずつ……こうして馴染んでいた。
人々に、この街に、熊野に…。

それが、とてもうれしい。

「待たせて悪かったね、姫君」

いつの間に回り込んだのか、後ろからそっと肩を抱かれた。

「もう、驚かせないでよ、ヒノエくん」
「ははは、お前のそんな顔が見たくてね」

そう……。
ここには、愛する人がいる。

自分たちの手でつかみ取った、平らかな時代がある。


深く大きな熊野の地で、
私は、ヒノエくんと共に生きていく。

握り合ったこの手を、ずっと離さずに。






夏の空・二つの海

[熊野灘]  [熊野の海]


夏の空

[1.迷い] [2.今いる場所] [3.途切れた夢] [4.たたずむ人] [5.失踪]
[6.探し続けて] [7.祝福] [8.明日] [9.エピローグ・夏の空]

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「夏の空」は、最後に結論を書かないことで完結させた物語でした。
その後は、読んだ方の想像に任せたはず。

けれど、望美ちゃんの出した結論を、そのまま二つの話として書いたら…
という妄想が、いつの頃からか湧き出してきて、
それに抵抗できず、とうとうこうして書いてしまいました。

正直、書くべきか、とても迷いました。
今でも余計なことなのでは、と迷っています。
書いた当人のこだわりと言ってしまえば、
それだけのことなのですが(苦笑)。

糖度ゼロなヒノ望ですが、
どこか心に響く所がありましたなら、幸いです。

2008.5.16 筆