花の還る場所  エピローグ

2.京・後編

オリキャラがメインです。ご注意を。



儀式後の朝議からさらに数日が経ち、
そこでの取り決めに基づいて、多くの者の捕縛、処断が行われていた。
日の蝕みの間に起きた様々な事件――
火つけ、闇に乗じての盗みや乱暴狼藉などは、かなりの数に上る。
検非違使庁はにわかに忙しくなった。

一方、捕縛はされないまでも、何がしかの処分を受けた者達がいる。
その中の一人が、京職の男だ。

本来の持ち場である左京を遠く離れて右京まで出向き、
裏鬼門の儀式の場に乱入したのだから、
左京職少進という立場上、咎められるのも当然であろう。

だが、全て承知の上でやったのだ。
呼び出しを受けた京職の男は腹をくくり、
苦虫を噛みつぶしたような顔の左京識亮と向き合った。



ほどなくして、男はその場を辞し、
泣きそうな顔で待っていた放免者達がそれを取り囲む。
「で…ど…どうなったんですかい」
「おっちゃん…」
「あっしら、心配で心配で…」
だみ声の中には、少年の声も混じっている。
「おっちゃん、何か罰でも受けるのか?」
強面の大男の間をかいくぐって、イノリが顔を出して叫んだ。

首の後ろを掻きながら 、男は答える。
「よく分からねえが、人助けもしたからってことで、 お咎めの分は帳消しらしい。
こんなことはもう二度とやるな!と亮殿には厳しく言い渡されたが、
小言を黙って聞くことがお仕置きとは、ガキにでもなった気分だ」

「はあ〜、よかった〜〜」
「一時はどうなることかと…」
放免者達は、大きな安堵のため息をついた。

だがイノリは怒りの声を上げる。
「いっぱい人を助けたのに叱られるなんて、間違ってるぜ。
人助けを二度とするななんて、もっと間違ってるだろ」
京職の男は、その肩をぽんと叩き、からからと笑う。
「俺達の仕事じゃ、よくあることだ。
上から言われたことを気にしてたらきりがないさ」

男のあっけらかんとした様子に、イノリもつられて笑った。
「おっちゃんが処分されなくてよかったってことだな」
「ああ。裏鬼門で事が起きても起きなくても、
左遷はされるだろうと覚悟していたんだがな。
あの日は、心の中で子孫に謝ってから家を出たくらいだ」

「なぜ子孫だよ」
「ご先祖ではないのだね」
「孫子の代が、今より低い官位しか望めなくなるかもしれない…
そう思われたからでしょうか」

いつの間にか貴族が二人、話に加わっている。
放免者達は、そそくさと街の見回りに出て行った。

「なんだ、鷹通と友雅か」
「先客がイノリとはね」
「あ、そうだ! オレ、おっちゃっんに礼を言いに来たんだ」

イノリは京職の男に向き直り、ぴょこんと頭を下げた。
「子分を助けてくれて、ありがとな。 でも怪我とか、しなかったか?」
「俺は京識だからな。仕事のうちだ。心配はいらねえよ。
で、子分さんとやらは元気か?」
「ああ、母ちゃん共々、すっかり元気になった。
ってことで、オレの用はすんだぜ」

後の方の言葉は、鷹通と友雅に向けたものだ。
友雅は優雅に扇を広げ、艶然と微笑む。
「鷹通も私も、急かすつもりはないのだよ。
話が終わるまで待つのは一向にかまわないのだが」

しかしイノリは元気よく首を振った。
「いや、これから友達を見送りに行くんだ。
京を出るんだってさ…」
そしてかりっと爪を噛む。
「なんであいつが出て行かなくちゃいけないのか、
オレには分からないけど…」

友雅の眉がかすかに上がった。
「一条の方に…行くのかい?」
「イノリとは友達同士でしたね」
「神子殿の分まで、しっかり見送ってくるといい。
彼女とも知り合いだったのだろう?」

イノリは吹っ切ったように笑う。
「そうだな。やっぱり、元気に見送るのが一番だよな。
湿っぽいのは性に合わないぜ。
じゃあオレ、もう行くから」

「また遊びに来いよ、イノリ」
京職の男が言った。
「遊びに来る所じゃねえだろ、ここは」
「それもそうだ」
年が離れている割に、二人は馬が合うようだ。



イノリの賑やかな下駄の音が遠ざかると、
京識の男は真顔になって鷹通と友雅に向き直る。
「さて、左近衛府少将殿がわざわざお運びとは、
いったいどういう風の吹き回しだ?
ええと…そっちの若いのとも一度会ってるよな。
確か、東の市の騒ぎの時だった」

鷹通は京職の男に一礼した。
「はい、その折にはご挨拶もできず失礼いたしました。
あの日の夜、私も安倍家におりましたので、
少進殿がご助力下さったことはよく存じております。
申し遅れましたが、私は治部少丞藤原鷹通。
裏鬼門で左京識少進殿に、荘園の者が助けて頂きましたので、
本日は一言お礼を申し上げるため、参上しました」

礼儀正しい中にも、真心のにじむ鷹通の言葉に、
京識の男は少々うろたえ気味に首の後ろを掻いた。
「これまた、若くて優秀な兄ちゃんだ。
礼儀正しいというか…丁寧すぎて困っちまうというか、
こちらの少将殿とはえらい違いというか…」

「友雅殿はいつでもこの調子ですから、
あまり気になさらないで下さい」
「おや、鷹通も言うようになったね」
「友雅殿に鍛えられましたから」

京職の男は、「名高い」左近衛府少将と対等にやり合っている
鷹通をまじまじと見た。
「しかし、あんたも変わってるな。
荘園の者達のことまで気にするとは」
鷹通は事も無げに返す。
「そういうあなたも、人々を救うために
瘴気の只中に飛び込んだと聞きましたが」

男はからからと笑った。
「お互い様か」
鷹通は頷く。
「ええ、そうかもしれません。
ですが、私の本当の仕事はこれから…だと思うのです。
辛い思いをしていた彼らの心に、宗主だけが手を差し伸べました。
それにすがった彼らを責めることはできません。
ならば私にできることは何か…それを考えているところです」

友雅は所在なげに髪をくるくると指に巻き付けている。
「自分を救うのは自分なのだよ。
鷹通がそこまで心配する必要はないのではないかな」
「ま、どん詰まりになってるヤツに、
片手くらい差し出すのも悪くはねえさ」
友雅の指先から、髪が柔らかく解けて揺れた。
「人はそれぞれ、というわけだね」

さりげなく投げ出されたその言葉の奥底を、
京職の男は思う。

左近衛府少将という男は、たとえ倒れると分かっていても、
自らに差し出された手を取ることはないのだろう、と。
そして、自分を留め置くものが失くなったと判じたなら、
未練のひとかけらもなく、全てを捨てて去って行くであろうとも。

だが口に出して言ったのは、素っ気ない一言だ。
「で、少将殿の用事ってのは何なんだ?」
友雅はにこやかに答える。
「安倍家の一件では、私達に協力したばかりに
検非違使庁に睨まれていた、と噂で聞いたのでね。
心配になって来てみたのだよ」
男は肩をすくめた。
「お気持ちは、ありがたく受け取っておくぜ」

「では、失礼するよ」
「失礼いたします」
「ああ」

二人の後ろ姿を見送りながら
――心配したところで、上が決めたこと。何ができるわけでも…
そう思った時、男ははっとした。

だが、悠然と歩み去る二人を引き留めることはせず、
ふっと小さく笑うと、懐からくしゃくしゃになった護符を取り出す。
「イノリにありがとうを言い忘れた。
こいつを作ってくれた陰陽師にも、いつか礼を言わねえとな」

京職の男は再び護符を戻すと、街の見回りに出て行った。





――京を去り、二度と戻ってはならぬ

これが、浅茅に下された処断だった。

朝議の場に出席した者全員が、神泉苑の儀式にも臨席していた。
そして多くの者が、宗主に駆け寄った浅茅を見ていた。
宗主に向かって「父さん」と呼びかける声を聞き、
薄闇を通して、安倍家見習い陰陽師の装束を見て取った。

結局、宗主の子が安倍家の見習いである…とは、
朝議の全員が知るところとなっていたのだ。

宗主なるものが、冥界の魔に憑かれ利用されていたと知っても、
子は父とは別であり、浅茅が魔の暴走を止めようとしたと知っても、
これらを事分けて考える者はごく僅かだった。

あの日の記憶は、悪夢となって未だに彼らを脅かしている。
宗主の怖ろしい姿を見、ひたひたと迫る黒い水に恐怖し、
開かぬ門に絶望の底に叩き落とされたのだ。

いつ何時父親のようになるやもしれぬ、獄に繋ぐべきだ。
いや、生かしておいてはならぬ!
との極端な声も少なからずあった。
遠く、裏鬼門で起きたことは所詮他人事。
だがこの場合は違う。
議論は白熱した。

その流れを変えたのは、帝の一言であった。
「余と宗主の間に立ちて、魔のものと対峙した者はここにいるか」

凜とした静かな声に、座は沈黙した。
あの場で、帝は自ら宗主と対峙したのだ。

帝の言葉は続く。
「あの子供の恐怖と勇気に思いを致さねば、断を誤るであろう」

決まり悪そうに皆が顔を伏せるのを見計らい、
左大臣が冷静に理非曲直を説く。

そして下されたのが、「京追放」の命であった。



浅茅と母、そして行貞が、安倍家の門を出た。
ひっそりとした旅立ち…のはずであった。
だが、そこに悲しげな雰囲気はない。

浅茅の頭の上には、太ったひよこが乗っていて、
時折浅茅の髪を引っ張っては、自分の存在を主張する。

「わわっ、痛いよ式神さん」
「式神に侮られてどうする」
行貞があきれたように浅茅を見下ろした。
「すみません…」
すぐに謝った浅茅の背には、行貞と母と自分の荷がある。

怪我の療養のため、しばらく京を離れて故郷に帰る行貞に、
浅茅とその母が同行することになったのだ。

「ねえ浅茅、行貞殿にいじめられたなら、
お母さんを連れてこっそり京に戻っていらっしゃい。
お姉さんが面倒見てあげますから」
長任の妻が言った。

「こっそり戻るなど、そのように迂闊なことは……ん?
嫁御殿、いつからあなたが浅茅の姉に?」
産まれたばかりの娘を大事に胸に抱きながら、
長任が浅茅と妻の顔を見比べる。
「もちろん、長任おじさんもあなた方を歓迎しますよ」
「私は…おじさんですか」
「よろしいですね」
「はい! 分かりました」

浅茅の母が、遠慮がちに行貞に尋ねる。
「あの…本当に私もご一緒してよいのでしょうか」
「行貞、私も少々心配なのだが。
浅茅が辛い思いをすることはないのだろうな」
長任も言葉を添えた。
とたんに、行貞が怒ったような顔になる。
そして懐から先日届いたばかりの文を引き出すと、丁寧に開いた。

「浅茅がどういう経緯で同行するのかは、ちゃんと報せてある。
母者からの返事も、こうして来ている」
「ご了承頂けたのでしょうね」
「もちろんだ…。
――あなたを誇りに思います……と書いてある」
長任の妻に行貞は早口で答え、小さな声で付け加えた。
「初めて…母者に褒められた」

浅茅はきょとんとした。
「褒められたことがない? 行貞さんみたいに凄い人が?」
「ああ」
行貞は顔を背けて言った。
「『まーすごいわねー』としか、言われたことがない」

豪快な笑い声と、必死で抑えた笑い声が重なり、三人の旅立ちを見送る。

息を切らせて走ってきたイノリが、浅茅に向かって手を振り、
笑顔で拳を天に向けて突き上げた。

浅茅も同じ形で別れの挨拶をする。
頭上でひよこがごろりと横転し、片翼を上げた。
浅茅の真似をしたらしい。

ひよこは、晴明から浅茅に手渡された式神だ。

洞窟で友を失ってから、初めて手にする式神の札であった。
躊躇う浅茅に、晴明は式神を形にするよう命じ、
そして現れたのが、このひよこだった。

別れ際の晴明の言葉を、浅茅は思い出している。

「浅茅よ、この晴明を凌がぬ限り、式神は札には戻らぬ。
これが、お前に送るはなむけじゃ」

「お師匠様…」
仰いだ青空に、白鷺が舞っている。

短い間に、本当にいろいろなことがあった。
本当に…いろいろなことが……。

言葉にできない思いが溢れ出る。

浅茅は髪の毛を引っ張っているひよこを掴み上げた。
手に載せるとずしんと重い。

「一緒にがんばろう! 式神さん」
「ぴよっ!」
ひよこは翼を広げ、頼もしく請け合った。



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―― 花の還る場所 ――
エピローグ
1.京・前編  3.重陽  4.冬の朝

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長くなってしまいました。
「その後」に大きく変わるもの、変わらないもの
少しだけ変わるもの等々、考えるのが楽しいのです。

次の第三話は、オリキャラではないのでご安心を。

2010.07.31 筆