花の還る場所  エピローグ

4.冬の朝



夜が明けてまだ間もない。
窓ガラスの曇りを指先できゅっきゅと拭いて外を見ると、
淡い朝靄がたちこめている。
靄のベールを通して見上げる空は、暁の色に滲むグラデーションだ。

日曜の朝のためか、街はまだ半ばまどろみの中にある。
思い切って窓を開けると、冷たい空気に息が白い。

「みぃみぃ…」
どこからか、小さな鳴き声が聞こえてくる。

「みゃぁぁぉ…」
この家のほど近くに、声の主はいるようだ。
その鳴き声はとても頼りなげで、か細い。

「見てきます!」
あかねは家を飛び出した。
「私も行く」
泰明もすぐに後を追う。

隣家の角を曲がるやいなや、あかねは弾んだ声を上げた。
「わあ、可愛い子猫!」

「みぃ」
子猫は、まだよく見えない目を上げて小さく鳴く。

あかねは子猫を抱き上げた。
「小っちゃい……まだ生まれたばかりなんだね」
「みみ、みぃ」

「あ…金目銀目ちゃんだ。
白と黄色と黒の三毛かぁ。
何だか懐かしい感じがするのは気のせいかな」

「捨て猫か」
あかねに撫でられ、子猫がうっとりと目を閉じたところに、泰明が来た。
不機嫌な視線が突き刺さるのを感じたのか、
子猫は震えながらあかねの腕の間にもぐりこむ。

「はい、この段ボール箱に『かわいがって下さい』って書いてあります」
「己の責任をわきまえず勝手に捨てておいて、
他人には平気でそのような頼み事をするのか」

「この猫ちゃん、お家に連れて帰ってもいいですか?
このままじゃ、寒さに凍えてしまいます。
私、ちゃんと世話をしますから」
「神子が手を煩わすことはない。
神子に面倒を掛けぬよう、私がしっかり、しつけをする」

「じゃあ、連れて行ってもいいんですね!」
「問題ない」
「ありがとう、泰明さん!」

おそるおそる顔を上げた子猫を、仏頂面がにらんだ。
ふぎいぃぃっっ!!
子猫は、あかねの胸に顔を埋める。

「しかし神子、天真達との約束はいいのか?
てーまぱーくという所に、私達と一緒に行くことになっているはず」
「あ、そうだ…みんなと駅で待ち合わせて、開園と同時に入ろうって…。
でも…、この子、お腹が空いてるみたいだし」

あかねは携帯を取り出し、ごめんなさいのメールを打った。

――これで今日は一日、二人きりになれる。
だが、あかねは子猫とばかり遊んでいるかもしれない……。

泰明がそう思った時、メールの返事が立て続けに三通届く。
「あ、蘭が子猫を見たいって。
詩紋くんも、おみやげにケーキを持って行くから、子猫を見せてって。
それと天真くんも、詩紋くんのケーキが食べたいから来るって。
みんな来てくれるんだ!
よかったですね、泰明さん」

とても嬉しそうなあかねの様子に泰明も我知らず微笑み、
そして幸福なあきらめの吐息と共に思う。
神子の周りに人が集まるのは、京でも、この世界でも変わりがない。
それにやきもきするのも、あかねと共にある幸せの証なのだろう…と。

二人の小さな家に戻ると、泰明に子猫を預け、
あかねはぱたぱたとせわしなく皿やミルクの用意をする。

「神子に面倒をかけるな。必要以上に甘えるな。分かったか」
「ふみっ!」
泰明は子猫に言い聞かせながら、
冷んやりとした廊下に立ち、ささやかに調えられた庭を見た。

そこには、桜の若木がある。
二人で植えた桜だ。
いつか、遠いあの世界の庭にあった木のように、
満開の花を咲かせることを願いながら。


花は、故郷の世界に還ってきた。
その花の在処が、泰明の還る場所だ。

これまでも、そしてこれからも、永遠に…。









―― 花の還る場所 ――
エピローグ
1.京・前編  2.京・後編  3.重陽

[あとがき]
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全編完結です。
最後まで読んで下さった皆様、
本当にありがとうございました!!!

2010.08.03 筆