空の光が明るくなってきた。
庭の梅は、もう蕾を付けている。
せわしない日々の続いた京邸だが、やっと落ち着きを取り戻しつつあった。
寝る間も無いほど忙しかった景時も、ようやく仕事が一段落したようで、
時折、からくりを作るような余裕もできた。
京を取り巻く状況は、少しずつ変わってきている。
政子は鎌倉へ戻った。
春に予定されていた景時の鎌倉行きは、取りやめとなった。
九郎追捕の命も、解かれて久しい。
弁慶の住んでいた苫屋は、街人達の手できれいに建て直されている。
今度は、診療所との行き来に、いちいち扉が軋むことはないはずだ。
譲と星の一族の、当面の落ち着き先も決まった。
九条の藤原家が皆の面倒をみることにり、さらにはそこの当主の計らいで、
譲が宮中に出仕することになったそうだ。
最初は、戸籍管理の仕事の手伝いをするらしい。
鎌倉嫌いで知られた頑固な当主と聞くが、なぜか譲とは馬があったようだ。
リズと望美が京邸を去る日も近い。
そんなある日のこと、
朝餉を終えて、各人が席を立とうとしたところで、
門の辺りから騒がしい音が聞こえてきた。
武士の一人が駆け込んでくる。
「景時様!大事にございます!!」
はっとして、全員が身構える。
「鎌倉より、御母堂様がお着きでございます!」
「母上が?」
朔が訝しげに言う。
「あああ〜っ!!」
景時は、素っ頓狂な声を上げた。
その時、
「久しぶりですね、景時、朔」
静かながら、凛とした声がして、景時の母が部屋に入ってきた。
警護の武士が、後ろからおっかなびっくりついてくる。
望美達は、丁寧に挨拶した。景時の母も、丁寧に挨拶を返す。
だが、その穏やかな物腰を通しても、彼女が怒っているのがよくわかった。
怒りの矛先は、間違えようもなく、景時に向いている。
望美とリズは、朔と共に早々に席を外した。
「母上、そんなに怒らないで下さい〜」
景時の声が、聞こえてくる。
「もう、兄上ったら、優しい母上を怒らせて、いったい何をしたのかしら」
朔は大きくため息をついた。
「そうだね。お年寄りが、鎌倉から京まで来るなんて、よほどのことだよ」
「さすがの景時も、母御にはかなわぬようだな」
「ねえ、朔、何か心当たりはあるの?」
「それが私にも・・・」
望美と朔はその場で話を続けている。
「神子、どうして立ち止まる?ここでは景時達の話がきこえてしまう。
座を外した意味がないのではないか」
「だって、気になります」
「事と次第によっては、私からも兄上にきつく言わなければ」
二人とも、立ち聞きする気満々だ。
景時が、政子のはかりごとに気づき、
九郎追捕の命に反して京に引き返すと決意した時、
一番気にかかったのは、鎌倉にいる母のことだった。
自分が政子を止めようとしていることを知ったなら、
頼朝は母を容赦しないだろう。
どうすれば母を救えるか・・・
そう思った時、景時の頭に浮かんだのが、母を誘拐することだった。
幸い、鎌倉には政子はいない。
ということは、普通の見張りがついているだけだ。
ならば、梶原家に何らかの恨みを持つ狼藉者が、屋敷に押し入ることも・・・。
そこで景時は、自らは京にとって返し、同時に腹心の者を鎌倉に向かわせたのだ。
結局は、梶原党の存続は認められ、その長としての身分も安堵。
そして、「裏の仕事」からも、景時は解放された。
もう大丈夫だから、母上は鎌倉に帰してね〜、と
文の使いを出しておいたのだが・・・。
文の使い共々、先に鎌倉に向かわせた者達も、
母の後ろで小さくなっている。
「景時、無礼な者達が屋敷に入ってきた時には、
心の臓が止まるかと思いましたよ」
「も、申し訳ありません!」
景時と、誘拐担当はひれ伏した。
「母上、文にも書きましたが、もう大丈夫ですから鎌倉に・・・」
「帰れません!」
「ひいいいいっ」
「この者達から、事のいきさつは全て聞きました。」
「でしたら、もう・・・」
「だからこそ、私は景時に会わねばならないと思ったのです。
それで、この者達に京まで連れてきてもらいました」
「ははーっ」
ふだんの控えめで優しい様子を知っているだけに、
その怒りの前では梶原の武士達も無力だ。
平身低頭、ひたすら頭を床にこすりつけている。
「景時」
母の声は、あくまでも穏やかだ。
「は、はひーっ」
「老いたりといえど、私は梶原家の女です」
「はひっ」
「家の大事の時、命を惜しむつもりなどありません」
「けれど母上・・・此度のことは、ただ私の一存で決めたこと。
命を賭けるのは、この景時一人でよいと」
「なれば、なおさらのこと。
母に潔く散れと言えぬほど、当主たるお前の決意は甘いものだったのですか」
「ご、ごめんなさいぃぃ・・・」
「朔のお母さん、かっこいい」
「兄上も、かたなしね」
「私、ああいう強い女の人になりたいな」
「望美なら、きっとなれるわ」
「優しいけれど、いざとなるともの凄く強いって、いいよね」
「ええ。望美は剣の腕はもう十分強いわ。だから」
「うん!やっぱり、精神的な強さだよね!」
「あとで、母上と三人でゆっくり話さない?」
「わあ!!強さの秘訣を学べるね。ありがとう!朔」
「応援するわ、望美」
「私、がんばるね!」
「神子・・・これ以上強くなって、どうするというのだ」
結局一緒に立ち聞きしていたリズが、小さくつぶやく。
「もうしませ〜ん・・・!!」
「ははぁーーーっ!!」
「何とぞ・・・・!!
平謝りする景時と郎党達の声が、ひときわ大きく聞こえてくる。
憧れにきらきら輝く望美の瞳を見て、
リズの額に、たらり・・・と汗が流れた。
春浅い京邸。
男達はひどく分が悪い。
梅の蕾が一輪、笑うようにほころんだ。
余話
1.馬酔木の花の零れゆく 〜鎌倉にて〜
(オリキャラ→朔)
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2.雨夜の花嫁 〜伊豆にて〜
(頼朝×政子)
4.おやすみのきす 〜倶利伽羅にて・前編〜
(リズ×望美)
5.我が故郷は静けき眠りにありて 〜倶利伽羅にて・後篇〜
(リズ×望美)
あとがき
冷や汗・・・な先生の脳裏には、
どんな映像が浮かんでいるのでしょう。
長編本編の後日談を兼ねた、お笑い系の話でした。
梶原兄妹の母上は、ゲーム内ではとても優しくて、
少し弱々しい印象があったのですが、
やはり梶原党を率いた先代の奥方ですから、芯は強いのではと。
そして何より書きたかったのは、お笑いに紛らわせてはいますが、
景時さんが、決して鎌倉に残してきた母上のことを忘れていなかった!ということです。
全てを自分一人で背負う覚悟を決めて、
でも母親だけは見捨てる・・・なんてこと、景時さんはできないと思います。
きっと、どんな手段を使っても助けようとするはず。
でも、なぜか結局「ごめんなさ〜い!!」になってしまうのは、
このサイトの宿命かもしれません(笑)。
余談ながら、譲くんの戸籍係就任は、天白虎つながりということで、初代に敬意(笑)。
九条の藤原氏と聞いてニヤリとされた神子様も多いかと。
彼は、かなりの大物です(笑)。
2007.6.26筆