果て遠き道

余話3 〜京にて〜

汝、強き者



空の光が明るくなってきた。
庭の梅は、もう蕾を付けている。

せわしない日々の続いた京邸だが、やっと落ち着きを取り戻しつつあった。
寝る間も無いほど忙しかった景時も、ようやく仕事が一段落したようで、
時折、からくりを作るような余裕もできた。

京を取り巻く状況は、少しずつ変わってきている。

政子は鎌倉へ戻った。
春に予定されていた景時の鎌倉行きは、取りやめとなった。
九郎追捕の命も、解かれて久しい。

弁慶の住んでいた苫屋は、街人達の手できれいに建て直されている。
今度は、診療所との行き来に、いちいち扉が軋むことはないはずだ。

譲と星の一族の、当面の落ち着き先も決まった。
九条の藤原家が皆の面倒をみることにり、さらにはそこの当主の計らいで、
譲が宮中に出仕することになったそうだ。
最初は、戸籍管理の仕事の手伝いをするらしい。
鎌倉嫌いで知られた頑固な当主と聞くが、なぜか譲とは馬があったようだ。

リズと望美が京邸を去る日も近い。


そんなある日のこと、

朝餉を終えて、各人が席を立とうとしたところで、
門の辺りから騒がしい音が聞こえてきた。

武士の一人が駆け込んでくる。
「景時様!大事にございます!!」
はっとして、全員が身構える。

「鎌倉より、御母堂様がお着きでございます!」

「母上が?」
朔が訝しげに言う。
「あああ〜っ!!」
景時は、素っ頓狂な声を上げた。

その時、
「久しぶりですね、景時、朔」
静かながら、凛とした声がして、景時の母が部屋に入ってきた。

警護の武士が、後ろからおっかなびっくりついてくる。
望美達は、丁寧に挨拶した。景時の母も、丁寧に挨拶を返す。

だが、その穏やかな物腰を通しても、彼女が怒っているのがよくわかった。
怒りの矛先は、間違えようもなく、景時に向いている。
望美とリズは、朔と共に早々に席を外した。

「母上、そんなに怒らないで下さい〜」
景時の声が、聞こえてくる。

「もう、兄上ったら、優しい母上を怒らせて、いったい何をしたのかしら」
朔は大きくため息をついた。
「そうだね。お年寄りが、鎌倉から京まで来るなんて、よほどのことだよ」
「さすがの景時も、母御にはかなわぬようだな」
「ねえ、朔、何か心当たりはあるの?」
「それが私にも・・・」

望美と朔はその場で話を続けている。

「神子、どうして立ち止まる?ここでは景時達の話がきこえてしまう。
座を外した意味がないのではないか」
「だって、気になります」
「事と次第によっては、私からも兄上にきつく言わなければ」
二人とも、立ち聞きする気満々だ。


景時が、政子のはかりごとに気づき、
九郎追捕の命に反して京に引き返すと決意した時、
一番気にかかったのは、鎌倉にいる母のことだった。
自分が政子を止めようとしていることを知ったなら、
頼朝は母を容赦しないだろう。

どうすれば母を救えるか・・・
そう思った時、景時の頭に浮かんだのが、母を誘拐することだった。

幸い、鎌倉には政子はいない。
ということは、普通の見張りがついているだけだ。
ならば、梶原家に何らかの恨みを持つ狼藉者が、屋敷に押し入ることも・・・。

そこで景時は、自らは京にとって返し、同時に腹心の者を鎌倉に向かわせたのだ。

結局は、梶原党の存続は認められ、その長としての身分も安堵。
そして、「裏の仕事」からも、景時は解放された。

もう大丈夫だから、母上は鎌倉に帰してね〜、と
文の使いを出しておいたのだが・・・。

文の使い共々、先に鎌倉に向かわせた者達も、
母の後ろで小さくなっている。

「景時、無礼な者達が屋敷に入ってきた時には、
心の臓が止まるかと思いましたよ」
「も、申し訳ありません!」
景時と、誘拐担当はひれ伏した。

「母上、文にも書きましたが、もう大丈夫ですから鎌倉に・・・」
「帰れません!」
「ひいいいいっ」
「この者達から、事のいきさつは全て聞きました。」
「でしたら、もう・・・」
「だからこそ、私は景時に会わねばならないと思ったのです。
それで、この者達に京まで連れてきてもらいました」
「ははーっ」
ふだんの控えめで優しい様子を知っているだけに、
その怒りの前では梶原の武士達も無力だ。
平身低頭、ひたすら頭を床にこすりつけている。

「景時」
母の声は、あくまでも穏やかだ。
「は、はひーっ」
「老いたりといえど、私は梶原家の女です」
「はひっ」
「家の大事の時、命を惜しむつもりなどありません」
「けれど母上・・・此度のことは、ただ私の一存で決めたこと。
命を賭けるのは、この景時一人でよいと」
「なれば、なおさらのこと。
母に潔く散れと言えぬほど、当主たるお前の決意は甘いものだったのですか」
「ご、ごめんなさいぃぃ・・・」


「朔のお母さん、かっこいい」
「兄上も、かたなしね」
「私、ああいう強い女の人になりたいな」
「望美なら、きっとなれるわ」
「優しいけれど、いざとなるともの凄く強いって、いいよね」
「ええ。望美は剣の腕はもう十分強いわ。だから」
「うん!やっぱり、精神的な強さだよね!」
「あとで、母上と三人でゆっくり話さない?」
「わあ!!強さの秘訣を学べるね。ありがとう!朔」
「応援するわ、望美」
「私、がんばるね!」

「神子・・・これ以上強くなって、どうするというのだ」
結局一緒に立ち聞きしていたリズが、小さくつぶやく。

「もうしませ〜ん・・・!!」
「ははぁーーーっ!!」
「何とぞ・・・・!!
平謝りする景時と郎党達の声が、ひときわ大きく聞こえてくる。

憧れにきらきら輝く望美の瞳を見て、
リズの額に、たらり・・・と汗が流れた。

春浅い京邸。
男達はひどく分が悪い。

梅の蕾が一輪、笑うようにほころんだ。






余話 

1.馬酔木の花の零れゆく 〜鎌倉にて〜 (オリキャラ→朔)
2.雨夜の花嫁 〜伊豆にて〜 (頼朝×政子)
4.おやすみのきす 〜倶利伽羅にて・前編〜 (リズ×望美)
5.我が故郷は静けき眠りにありて 〜倶利伽羅にて・後篇〜 (リズ×望美)

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あとがき

冷や汗・・・な先生の脳裏には、
どんな映像が浮かんでいるのでしょう。

長編本編の後日談を兼ねた、お笑い系の話でした。
梶原兄妹の母上は、ゲーム内ではとても優しくて、
少し弱々しい印象があったのですが、
やはり梶原党を率いた先代の奥方ですから、芯は強いのではと。

そして何より書きたかったのは、お笑いに紛らわせてはいますが、
景時さんが、決して鎌倉に残してきた母上のことを忘れていなかった!ということです。
全てを自分一人で背負う覚悟を決めて、
でも母親だけは見捨てる・・・なんてこと、景時さんはできないと思います。
きっと、どんな手段を使っても助けようとするはず。

でも、なぜか結局「ごめんなさ〜い!!」になってしまうのは、
このサイトの宿命かもしれません(笑)。

余談ながら、譲くんの戸籍係就任は、天白虎つながりということで、初代に敬意(笑)。
九条の藤原氏と聞いてニヤリとされた神子様も多いかと。
彼は、かなりの大物です(笑)。

2007.6.26筆