果て遠き道

余話5 〜倶利伽羅にて・後編〜

我が故郷(さと )は静けき眠りにありて



雨に洗われた空から降り注ぐ陽光の下、
山間に隠されたその地は、明るい光に包まれていた。

かつてここに、小さな村があったことを示すものは、何もない。

滅びの痕跡を飲み込んで、草木は葉を茂らせ、根を伸ばし、
とりどりの花を咲かせている。
ささやかな営みが根こそぎ失われても、自然はその歩みを止めることはない。

深く生い茂った草をかき分けて、歩く。
一足ごとに立ち上る、むせるような草いきれ。
ひらひらと蝶が飛ぶ。

この草の匂い、足下に感じる土の感触、吹き渡る風、
山の色、小さな花・・・。
長い歳月の間も、忘れることはなかった・・・私の故郷。

滅びの秋・・・沈黙の冬を越え、住む者のないままに、春もまた通り過ぎていく。

心に刻まれた村の風景は、あの時のまま。
勢いよく伸びた青草に覆われていても、わかる。
・・・ここに道があった。
あの焼けた木の下を曲がり行くと、長老の家。

幼い私は兄達と共に、長老の元で学んでいたのだった。
難しい話ばかりで、よく分からなかったが、
長老は優しく教えてくれた。

学問も、武術も、・・・大きい兄達と一緒に学べる・・・と、
それだけで小さい私は嬉しくてならなかった。

・・・・父の思いを知る由もなく。

静寂を破り、数羽の鳥が鳴き交わしながら飛び立った。
心に蘇った過去のかすかな幻が、消えていく。


「先生・・・ここは・・・」
つないだ手から、望美が震えていることがわかる。
「ああ、そうだ。神子も、覚えていたのだな」
望美は黙って頷いた。

二人は、木立の中に開けた、狭い空き地に来ていた。
ここが・・・運命の輪の始まり。
白い光に包まれ、この時空から分かたれた場所。

望美に助けられ、怨霊の群を逃れて、短い安らぎの中にいた。
望美の優しさが、強さが、美しさが、
怒りと悲しみに惑う幼い私を勇気づけてくれた。

あの時、幼い私の心に生まれたのは・・・
憧れという名の・・・永遠に変わらぬ愛だった。

「先生・・・」
見上げる瞳は、悲しみの色。
小さな傷のある唇を、ぐっとかみしめている。
「すまぬ・・・。ここは神子には辛すぎる場所だったな」
「いいえ・・・それより先生の方が・・・私・・・」

・・・お前は、里の運命に心を痛め、
故郷の滅びの光景を眼にした私の心を思い、悲しみに沈むのか。
お前の優しさは・・・、いつも痛々しく、切ない。

「神子、私のために悲しむことはない」

小さく微笑んで、柔らかな手を引き、村はずれに続く道へと歩き出す。

幾度繰り返しても、避けることのできなかった滅び。
私一人の力など遠く及ばぬ、時空の理。

誰も知らぬままに、鬼の一族はこの地で果てていくはずであった。

・・・神子・・・お前という奇跡がなければ。

私は幾度、お前に救われたのだろうか。
生命も・・・魂さえも。

滅びの炎の中にただ一人、飛び込んで、小さな命を助け出してくれた。
遠く時空の彼方に引き離された、孤独な魂を、
彼方に輝く灯火となって、あたためてくれた。

お前に背を向けながらも、私の心はいつも、お前を追っていた。
お前の輝く生命の光跡を。

そしてお前は、時の輪の中に閉じこめられた私を、
新しき時へと・・・未来へと導いてくれた。
その新しき道を進む勇気をくれた。
一足ごとに広がる世界。
お前という光と共に在る世界。

あの時、幼い私を見ていた慈しみの眼が、今は別の想いを宿し、輝く。
手を伸ばし、肩を抱き寄せれば、この腕の中にその身を委ねてくれる。
お前がもたらしたのは、至福という名の歓び。
満たされた日々。

だから・・・なおさらに、この地に来なければならなかった。


通る者のない村はずれの坂道は、草に埋もれかけている。

この道を、幾度通ったことだろう。
幼き日には、兄達を追って駆け上がり、
最後に・・・父の大きな背を見上げながら歩いた。

束の間の邂逅は・・・
桜が狂おしいほどに舞い散る季節だった。
あれもまた、時空の定めであったのだろうか。

坂を上がりきると、小さな平地。
木漏れ日の射す、深い緑の中に、焦げた桜の巨木が立っている。

草の中に立ち、眼顔で問う望美に、答える。

「ここには、私の生まれた家があった」

・・・そして、私はここで、父と剣を交え、
炎の中で別れた父が残した言葉の、真の意味を知ったのだった。

「神子、私がお前とここに来たのは、過去を悲しむためではない」
「祈りを・・・捧げるためでしょうか」
「弔う者もなく眠る者達に、共に祈りを手向けてくれるのか」
「もちろんです、先生。・・・でも私は・・・先生の他には、
誰も助けることができませんでした・・・」

「神子、自分を責めてはいけない。そのために来たのではないのだ。
ここに来たのは、この地に・・・生きている私の姿と、
私を救い出してくれたお前の姿を見せたいと思ったからだ。
滅びがこの里の・・・鬼の一族の運命であったとしても、
お前は確かに、一つの命を、救い出してくれた」

『生きて、未来に命をつなげ!』
父の最後の言葉は、鬼の棟梁としての命令。
それは、一族の意志。

その命を果たしたと、この墓標無き眠りの場所に立ち、
報告しなければならぬ。

望美に明るい笑顔が戻った。
「先生、私のこと、みんな見ていてくれるでしょうか」
「無論」
「ええと・・・それで・・・私と先生と・・・あの・・・」
突然言い淀んで、望美の顔がみるみる赤くなった。

「私はお前と共に在ると・・・、きっと皆に伝わる。案ずるな」
「はい」
望美はにっこりと笑った。
そして手を胸の前で組み、木の間からのぞく青い空を見上げる。
風が吹きすぎ、長い髪がなびいた。
望美の瞳は、真っ直ぐに天に向かう。

お前の祈りは、高みへと昇りゆくものなのだな。
彼方から巡り来て、彼方へと巡りゆく大いなる気の流れへと
地に眠る者達を導く。

ありがとう・・・神子。

そして・・・父上・・・母上・・・兄上達・・・我が里の人々

リズは天を振り仰いだ。

去りゆく時は、元には戻せぬ。
なれば、父上・・・滅びの時を越えて、私は、生きていく。
そして、これからも・・・・・この、愛しき神子と共に。

「先生・・・ほら・・・見て下さい・・・・」

差し伸べた望美の掌に、
天の何処からか、桜花がひとひら、舞い降りてきた。

「空から、素敵な贈り物ですね・・・」

「お前の祈りに、応えてくれたのだろう」

そよ風が吹き、花びらは飛び去った。
光射す静寂の地は、穏やかな時の中に眠る。







余話 

1.馬酔木の花の零れゆく 〜鎌倉にて〜 (オリキャラ→朔)
2.雨夜の花嫁 〜伊豆にて〜 (頼朝×政子)
3.汝、強き者 〜京にて〜 (梶原兄妹・リズ・望美)
4.おやすみのきす 〜倶利伽羅にて・前編〜 (リズ×望美)

[果て遠き道・目次(前書き)]

[果て遠き道・後書き]

[小説トップ]


あとがき

この話は、「果て遠き道」本編のプロローグの位置にあります。
プロローグを本編終了後に書くなんて・・・と思われるかもしれませんが、
読んで頂く順序としては、これでよいと信じております。

本編未読の方には???・・・なエピソードが満載で
申し訳ありません。

リズ先生は望美ちゃんと共にいて幸せであっても、
故郷を襲った悲劇をスルーしてしまうような方ではないはず。
まして、何度試みても滅びを止めることができなかったとあれば、
新たな時へ歩み出す前に、故郷を訪れるのではないかと思います。

余話としては少々長めとなりましたが、
お楽しみ頂けましたならうれしいです。

そして、一読してお気づきの方も多いかと思いますが、
前編は望美ちゃん視点、後編は先生視点に徹してみました。
それに伴い、前編の続き・・・永遠の絆を契るシーンも書きました。
ただ、詳細な描写はないのですが、性行為を描いているため、
表ページから直接のリンクは張っておりません。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓

前編のURLの「yowa4」と「.html」の間に、
筆者が愛してやまないキャラの頭文字を、
半角英小文字で、1文字入れてお読み下さい。

↑ ↑ ↑ ↑ ↑

これで、長いリズヴァーンの物語は、本当の最終話となります。
最後までお読み下さった皆様、本当にありがとうございました。


2007.7.8筆