果て遠き道

第1章・流離

3 夜 話



「神子・・・・泣いて・・・いるのか」

リズの傍らで静かに話を聞いていた望美だったが、
あふれ出る涙をこらえることができなくなった。
「先生・・・ごめんなさい。話して・・・下さい・・・ってお願いしたのは私の方なのに・・・、
私が泣いてしまったら、続けられないですよね・・・」

一番恐れていたのが、このことだった。
望美はリズの痛みを強く感じ、自分のこと以上に悲しみ、苦しんでいる。
「神子、お前は優しすぎる。私の昔語りでお前が傷つくことなど、あってはならぬ。
話はもう、止めておこう・・・」
「そんなの、いやです!」
思わず声が大きくなる。

「私、傷ついたりしていません! 私は、先生のこと、もっと知りたいです。
先生が私のために歩いてきてくれた年月の重さを、受け止めたいんです。
先生の背負っているものを分け合える・・・なんて思い上がったことは考えていません。
でも、これから先生とずっと一緒にいるから・・・私・・・」

「もうよい、神子」
望美の声には、強く思い定めた決意の響きがあった。
リズがいかに言葉を尽くそうと、彼女の気持ちは微塵も動くことはない。・・・ならば、
「お前の望むままに・・・。だが・・・」
リズは望美を抱き寄せた。熱い肌が触れあう。

伝えておかねばならない・・・。
「過ぎたことでお前が心を痛める必要はない。よいな」
「はい、先生・・・。私、もう、泣きません。泣かないようにがんばります」
「無理はしなくていいのだ、神子。お前の望みはわかった。悲しければ泣けばよい。
だが・・・これだけは知っていてほしい。
もし、私が再び幼いあの日に戻ったとしても」
望美は身体を固くした。次の言葉が分かったから・・・。

「お前を守るためであるならば、同じ歳月を繰り返すことを、私は選ぶ」
「先・・・生・・・・・・」

リズの手を望美の手が求め、細い指がリズの指先を強く握りしめる。
望美には、リズの言葉が真実であることが痛いほどにわかる。
先生は、そういう人なのだ。私を助けるため数多の時空をただ一人・・・巡り続けた。
そして今この瞬間でも、私が危機に陥ったなら、先生はためらうことなく私を救う道を選ぶ。
それがたとえ、自分の命と引き替えになるとしても、寸分の躊躇もなく。
数多の時空でそうしてきたように。

約束したばかりなんだから、泣いてはいけない。
先生に、そんな道を選ばせはしない。もう、二度と!
そのために私はここにいる!
リズの指をぎゅっと握りしめ、うつむいたまま望美は懸命に涙をこらえた。

リズはそんな望美を愛しいと思う。
その優しさ故の悲しみを和らげねば、と思う。

「では、神子・・・私もお前に願ってもよいだろうか?」
驚いて望美は顔を上げた。頬には、涙の跡がまだ残っている。
「・・・も、もちろんです、先生」
「では、お前の昔語りも聞かせてほしい。
お前が私と出会う前に過ごしてきた柔らかな歳月を、私も心に描いてみたいのだ」
「ええっ?!私の・・・子供時代ですか・・・?」
想像もしていなかったリズの言葉。

はい、喜んで! 先生の望むままに・・・などと答えようとして、ふと子供の頃の自分を思い出し
望美はみるみる真っ赤になった。
「どうした? 私だけ話すのでは少し不公平だと思ったのだが、いけないか?」
「あ、・・・そ、そうですよね・・・先生にばっかりお願いするのって、確かに不公平かも・・・。
だけど・・・」
「・・・だけど・・・?」
ちらっと見上げると、リズの眼が笑っている。
「ちょっとだけ・・・恥ずかしいです。私、ちっとも女の子らしくなかったから・・・」
「将臣や譲を泣かせたのか?」
「先生・・・!」
「やっと、笑ったな、神子」
リズの声は優しく、少しほっとしたような響きがある。
「あ・・・」
リズの真意に望美ははっと思い当たる。
自分の思いを先生は全部包み込んでくれていた。

「どうか、笑っていてくれ、神子。
過ぎた歳月に、ひと時涙しても、お前の今を曇らせないでほしい」
「ありがとう・・・先生・・・」
「私達は、今、ここに共に在るのだから・・・」
「はい・・・」

   唇が重なり
   肌が触れあい
   吐息が混ざり合い
   二人の時が共に流れる

   積み重ねた歳月は重くとも
   穏やかな陽光に照らされ
   新たな日々は
   色鮮やかに紡がれてゆく

   絡めた指先にまで宿る想い

   想いは時空を飛翔する




第1章 流離

   (1)遠き道の始まり (2)地の玄武 (4)捕らわれて (5)京への雪道 (6)一条戻橋

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