深き緑に(まばゆ)き青に  〜13〜




「最後…?戦って…」

思わず望美は膝を乗り出した。どちらも、聞き流せない言葉だ。
しかしそれにはかまわず、ヒノエは話し始める。
その内容は、望美にとっては驚くものばかりだった。

最初にヒノエは言った。
アザミは、二人いる……と。
しかも、男と女が。

望美達と知り合った物売りの娘アザミは、実は男だった。
そして、今日ヒノエと戦ったのも、同じアザミ。
ヒノエに声をかけて誘い出すためには、
それまでに「物売りのアザミ」として、
ヒノエと知り合っている方でなければならなかった。
たとえ双子といえど、入れ替われば見破られてしまう。

店を出していたアザミが、おそらく女の方。
望美が遠目ながら、雰囲気が変わったと感じたのは、間違いではなかった。

望美を待ち伏せの場所まで誘ったのは、こちらの方だ。

「わからないよ。なぜそこまでして…。
いったい、アザミさんは誰なの?」
ヒノエの眼が、かすかに翳る。
「十中八九、間違いない。 新宮の藤原家の血をひく一族だよ」
副頭領が低く唸った。

簪に始まったこの一件には、いつも新宮の影がつきまとっていた。
今でこそ、熊野三山の間に争いはないが、かつての熊野争乱の折には、
同じ藤原を名乗る家同士、敵味方に分かれて戦ったのだ。

ヒノエの父、湛快が、反乱を起こした新宮方の藤原家に、
幼い双子の兄妹がいたことを記憶していた。

その兄妹が、アザミとしてヒノエ達の前に現れたのだ。

一見つながりのない事柄が、今日、初めて露わとなり、
牙を剥いて襲いかかってきた。

「この時期にやつらが正体を現した意味、わかるかい?」
ヒノエは望美を見た。

「もう、隠れて動く必要がなくなったから?」
「正解。おかげで、やつらの企みがどこにあるか、確信できたんだよ」

「法皇の熊野御幸…ですか…。
ヒノエが急いでいたのは、そのためだったんですね」

「え?何のこと?」

望美の問いに、弁慶はさわやかな笑顔で答えた。
「ヒノエから、毒の話があったんです」
「え…」
望美の顔が引きつった。

「ヒノエから毒針付きの簪を送られた時には、僕も驚きましたよ
毒の種類は何か、解毒の薬も作るように、という依頼の文と一緒にね」

「ヒノエくん、いつの間に」
「ま、毒は毒屋にってね」
「僕も、ずいぶんな言われ様だな。これでも薬師のつもりなんですが」

「診療所の建て直しとか言って、あこぎな真似してるじゃない」
「人聞きが悪いな。勧進は法師の仕事ですよ。
熊野が協力してくれて、感謝してます」
「ま、それはオレも同じだけどね。
あんたからの返事通りに、ありあわせの材料で作った薬でも、
今日早速、役に立ったしね」

「その足ですか」
「ああ、勧進は無駄じゃなかったみたいだよ」

「ヒノエくん……この傷、毒を…?」
望美は、ヒノエの足に巻かれた血の滲んだ布を見た。
かなりの出血だったろうか。
顔色が悪いのは、白粉のせいばかりではない。

「そんな顔は、お前にふさわしくないよ。
オレがこれくらいのことで、やられると思う?」
「手当の方法も、文に書いた通りに、やったようですね」
「そういうこと。この傷は、オレが自分で切った痕さ」
「ヒノエくん!!!……あ…」

つい大きな声を出してしまいそうになった。
望美は慌てて、自分で自分の口を押さえる。

ヒノエは傷を負った戦いの経緯を、簡単に説明した。

望美が街のごろつき共を叩きのめしていた頃、
ヒノエはアザミと、命を賭けた戦いを繰り広げていたのだった。

その戦いで、ヒノエは足に毒針の傷を受けた。
傷は一見、致命傷となるほどのものではなかったのだが…。

『そこに隠れてる烏!
俺を追う暇があったら、別当殿を早く手当してやれよ。
さもないと、こいつ、死ぬぜ』

この、アザミの立ち去り際の一言に、罠が潜んでいた。

「とことん食えない野郎だぜ」

足の傷に注意を引きつけながら、アザミはもう一本、
毒針を仕掛けておいたのだった。
戦いに使った黒い針ではなく、目立たぬ細い針が、
ヒノエの心臓の真上、服の重ね目の間に、もぐり込んでいたのだ。

足の傷から毒が回り、うつぶせに倒れれば、針はそのまま心臓へと届く。
かがみ込んで傷の手当てをしようとしても、
うかつに衣服に触れても、同じこと。

「弁慶のおかげで、この程度の傷なら大丈夫って、分かっていたからね。
おかげで、他に何かあるって、気づいたのさ」
ヒノエは指を立てて見せた。
「おかげで、こうして生きてるってね」

望美は、ぶるっと身震いした。

アザミは、やはり……。

これは、裏切りではない。
最初から、暗い悪意を持って、近づいてきたのだ。

ヒノエと知り合いだったわけでもない。
ヒノエという人間を、露程も知らぬまま、罠を仕掛け、謀略を張り巡らせて…。

その心が、望美にはひどく恐ろしく思える。

ヒノエが、副頭領に向き直った。
「法皇の使者に、オレの文を渡してくれた?」
副頭領は黙然として頷く。

「じゃ、決まりだね」
しかし、副頭領は心配そうに言った。
「頭領の申し出、受けてくれるでしょうか」
「ハハッ、新しい趣向の大好きな法皇様は、きっと大喜びさ」

「新しい趣向って何?」

「せっかくやつらが、オレを葬ってくれたんだよ。
これを利用しない手はないってこと」
そう言うと、ヒノエは片目をつぶってみせた。



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