音も立てず、男達が奥の間を取り囲んだ。
中の一人は、昼というのに松明を持っている。
周囲の者達と目配せを交わすと、簀の子の上に飛び上がり、
手にした松明を蔀格子に近づけた。
と、突然、その蔀戸が中から破られた。折れた格子が松明の男を直撃する。
「うわっ」
不意を突かれ、男は簀の子の下まで転げ落ちた。
そして、男が体勢を立て直す間もなく、
その手の松明めがけて、水が浴びせかけられた。
「いけない人達ですね。火付けは重罪です」
「火の用心なんだから!」
部屋の暗がりを背に、中から弁慶と、水桶を手にした望美が現れた。
「くそっ」
「気づかれていたのか」
「あ!こいつは、ここから出て行ったはずの法師だぞ!」
「……べ…弁慶か」
男達の間に、動揺が走る。
「熊野別当なら、いませんよ。僕は留守番役です」
弁慶は薙刀を手に、微笑みを浮かべたまま、じり、と一歩前に出た。
水桶を投げ捨て、望美も剣を構える。
「火の用心」は通じたかしら?と思うが、気にしないことにした。
「望美さん、分かっていますね。必ず僕の後ろにいて下さい」
「はい」
「怯むな!屋敷は今、手薄だ!」
「助けが来る前に、こいつらを倒せ!」
手練れの戦闘集団は散開した。
高く飛び、低く伏せ、部屋を背にした弁慶と望美の上下左右から
同時に針を投げる。
ぶわっ!
弁慶の薙刀が、目にも止まらぬ速さで回転し、空気を薙いだ。
幾本かの針が柄に突き刺さる。
そして残りの針は、薙刀の起こした風にあおられ、
あらぬ方に落ちた。
「弁慶さん、すごい!」
「ふふっ、君にそう言ってもらえるなんて、うれしいな」
「ちっ!針を避けたからと、いい気になるな!」
男達は腰の短刀を抜いた。
構える間もとらず、二人が同時に長い薙刀の懐に飛び込んでくる。
が、弁慶は薙刀の柄を返して一人を打ち、
もう一人は身を開いてかわしながら、
かかってきた勢いを利用して、腹部に拳をのめりこませる。
変則的な使い手達だが、剣と剣の戦いになれば、望美も負けてはいない。
が、戦いは長引いた。
近づけば不利とみた襲撃者は、斬りかかるとみせて、
後方の者が針を投げ、投げ針で牽制しながら斬りかかる。
が、数多の邪魔者を葬ってきたその連携技をもってしても、
法師と娘に致命傷を与えることができない。
焦りが、生まれる。
男達は、助けが来る前に眼前の二人の息の根を止めたい。
引き際を計りながらの戦いだ。
だが、それがならぬなら……。
その心の内を、弁慶は読んでいる。
なればこそ、男達を逃がすことも、自刃させることもできない。
弁慶は口を開いた。
言葉もまた、武器の一つ。
「熊野別当が今どこにいるか、教えましょうか」
「それが、どうしたというのだ」
年長の男が、吐き捨てるように言った。
男達は皆、手傷を負って荒い息をしているが、闘気に衰えはない。
「せっかく会いに来てくれたのに、留守では申し訳ないですから」
弁慶は息も乱さず、口元には婉然とした笑みを浮かべたまま。
が、その声が、低く、氷のような冷ややかさを帯びた。
「舟の上…と言ったら、どうしますか」
男達の動きが、一瞬、止まる。
その機を、弁慶は逃さなかった。
「今です!望美さん」
「はい!」
そして、「う…ぐっ」ある者は白目を剥き、
「むぅぅ…」ある者は腹を押さえ、男達は一人残らず倒された。
屋敷に残っていた者達が集まってくる。
しばしの後、弁慶の指示に従い、気絶した男達は全員運ばれていった。
望美は、ほっとため息をついた。
「さすがですね、弁慶さん!
襲撃を読んでいるなんて、すごいです」
「これでも、軍師の端くれですからね」
弁慶は笑って答える。
「おかげで助かりました」
「でも、家を壊してましいましたね。
久々の荒事で、少しやりすぎたかな。
ところで…」
弁慶は海に目を向けた。
「望美さん、ここはもういいですから、
ヒノエの所に行ってみませんか」
「え?いいんですか?」
望美の顔が、ぱっと明るくなる。
「ええ、後のことは僕がやっておきますから」
「あ…でもヒノエくん、法皇様と一緒に舟に乗っているんじゃ…」
「ふふっ…君が遠慮することは、ないんじゃないかな」
「ありがとうございます!
じゃあ、行ってきますね!!」
駆けていく望美の後ろ姿を見送りながら、弁慶は思う。
ヒノエはそぶりにも見せなかったが、
足の傷のために、行動がかなり制約されているはず。
それでも、熊野別当として、戦の場に出て行った。
「望美さん…、ヒノエが戻ったら、笑顔で迎えてあげて下さい。
それが、一番のねぎらいになるんですから」
「弁慶様」
烏の一人がやって来た。
「やつらの身体を調べました。もう何も隠していないはずです」
「口の中も、髪の毛もですね?」
「はい」
「下手に自害されても困りますから、見張りは怠らないで下さい」
「心得ております。で、次は」
「望美さんを襲った男達に、やつらの顔を一人ずつ確認させて下さい。
おそらくその中に、依頼主がいるはずです」
「はっ」
「それと…、教えてほしいのですが」
「何でしょうか」
「僕の外套、今どこにありますか?」
深き緑に
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