果て遠き道

第4章 炎呪

4 怨 嗟



炎が、燃え上がる。
小さな家
中に横たわる骸を
飲み込み、焼き尽くす。

村はずれの森に、炎のあやなす光と影が踊る。

「母上ーーーっ!!」

もはや、返事がないことはわかっている。
だが叫ばずにはいられない。
せめて、黄泉路だけは静かに行かせたかった。
なのに・・・。

声を限りに叫ぶたびに、身にかけられた呪が消えてゆく。
母の死と引き替えに、得る力。

薄い靄が晴れるように、己の輪郭が力満ちていく。

なぜ、あなたは、このような呪で私を誡めたのですか。

この力があれば、こんな村の者達などに蔑まれることなどなかった。
息絶えたあなたの横たわる屋に、火をかけるような・・・やつらに。

あなたの力を、己の醜い欲のために利用し、その力を請いながら、
恐れ、憎み、蔑みながら村に近寄らせることさえしなかった人間共・・・。

母上・・・、
あなたはなぜ、そうまでして、私を人の世に送ったのです。
父亡き今、その屋敷にも、そこに住まう者達にも
何の縁も意味もないことを、
あなたは知っていたはず。

私はあのような屋敷で暮らすより、
ここにいたかった。
ここにいれば、あなたを守れたかもしれなかった。

所詮、あの屋敷の者達も、村人と同じこと。
私をひきとったのは、あなたの力と引き替えるため。
自らの一族の栄華栄達のために、邪魔な者を呪詛せよと。

ああ・・・顔を照らす炎が、熱い。

母上・・・、あなたは何のために生きたのか?
憎悪に囲まれながら私を育て、私の力を封じ、
人間達から、いやしい目的のための呪詛の依頼を受け、
それを暮らしの購いとしながら
・・・・最期は呪詛返しに、倒れた・・・。

あなたに呪詛を返した者に
さらなる強き呪詛を・・・。
この力あれば、必ず。

目の前で、炎は小さな家を飲み込み、
くすぶる炭のような、黒い焼け跡を残した。

幼い時から、母と二人、ひっそりと暮らした家。
母の青く悲しげな眼差しに、守られていた家。


ヒュッ!!
力一杯投げられた石つぶてが頬に当たる。
ごっ!と鈍い音。
顔に、生温かな血の流れる感触。

「へえ、うす汚い血でも、一人前に赤いぞ」
 
焼け落ちた家を遠巻きにした村人の群。

今の一投がきっかけになった。
こいつは母親とは違って、何もできぬ無力な少年。
仕返しされる心配はないと、かさにかかって石を次々に投げつけてくる。

弱い者には強く出る・・・か。
愚かなやつらが!

悲しみと怒りは憎しみへと捻曲がり、その指先からほとばしる。

「ぐわああっ!!!」
最初に石を投げた男の頬がざっくりと割れ、血しぶきがあがる。

「投げた石は返るのさ。同じ場所に・・・」
顔面を朱に染める血を拭いもせずに村人を睨め回すと、みな大慌てで後ずさった。

そのまま背を向け、歩き出す。

今のうちに、せいぜい驚き慌てるがいい。
お前達の命数は、もう尽きたのだから。



意識の底で、気配を察知した。

飛び起きるより早く、声がかけられる。
「くすくす・・・ずいぶん急いで起きますのね」

膝を付き、頭を垂れる。臣下の礼。
「お方様の御前なれば」
「まあ、相変わらず、堅苦しいこと。あの頃とは大違い」
「身の程わきまえぬ痴れ者でした。・・・どうぞ、お笑い下さい」
「さあ、どうかしら・・・あなたは今でも、あまり変わっていないのではなくて?」
「・・・それは・・・」

「勝手な真似をして、仕方のない子ね。もう景時の邸には戻れなくてよ」
「申し訳・・・ありません」
「ここへ来るなり倒れてしまうなんて、意気地のないこと・・・。見込み違いだったかしら」
「面目なきことにて・・・しかし」
「言い訳なら、ききませんことよ」
「もう大丈夫です。どうか今まで通り・・・」
「たいそうな深手と聞いているわ。それでも前のように動けるとでも?」
「自分で調合した薬を使いましたゆえ・・・」
「くすくすくす・・・。そうまでして働きたいというのなら、その力、お使いなさい」
「ありがたき幸せ」

「では、聞かせてもらおうかしら。龍の宝玉は、どこ?」
「消えました・・・。申し訳ありません・・・」
「そのような答えが私に通じるとでも思っているのかしら」
「お方様に偽りを申す所存はございません」
「ではあの晩のこと、話してごらんなさい。
あなたの代わりに、わざわざ私が鼠のお相手をしたというのに・・・」

「景時様の書状により、龍の宝玉は邸の庭に埋められていると知れました。
しかし、その場所を掘り始めた時、突然に・・・光が・・・」
「まあ、不思議ですこと。宝玉はまだ土の中にあったはずですわ」
「ですが・・・、あの時、眩い光と共に中空に現れたのは、宝玉に間違いないかと」
「それが、あなたに手傷を負わせたというの?」
「はっ。宝玉が・・・爆ぜて、私は傷を負い、そのまま倒れ伏してしまいました。
邸の者達が来る前に、かろうじて堀跡を消すことができましたが」

「くすくす・・・・黒龍の神子に血迷って、あなたが自分で隠したのではなくて?」
「そ、そのようなこと、滅相もない!!」
「・・・・つまりは、龍の宝玉については・・・失敗ということね・・・」
「私の失態ゆえ、必ずや行方を捜し出して・・・」

「いいえ、あなたは今までの手はず通りに動くのよ」
目を細め、口元には笑みの形。
「ねえ、・・・イシム」

「・・・・・・その名で・・・お呼びになるのですか」
「この名こそ、あなたにふさわしいでしょう。傷が癒えたのなら、もうお行きなさい」
「・・・・御意」

北の方は去っていった。

ふうっと、深い息を吐き、屋外に出る。

見上げる空は黒い雲に覆われ、空気がぴりぴりと雷気に満ちたように震えている。
源氏の武士達は落ち着かなげな様子だ。不吉な予感が彼らを支配している。

館の周りで何体もの怨霊が出現しているのだ。
しかしそれは、ここ堀川の館だけのことではない。

ああ・・・もうすぐだ。

なのに、昔の夢を見るなど・・・。

あの村は、とうに住む者などいない。
俺が、全て、焼き尽くした。
村のやつらも一人残らず、冥府へ叩き落とした。
欠片ほどの、後悔もない。

この、京にも・・・いずれ、滅びの時が訪れる・・・。

・・・せめてあなたを・・・この災厄から救いたい・・・



「こいつは・・・酷いな」
「いったい誰が・・・このようなことを・・・」

将臣と敦盛が訪ねた先は、秘かに平家と繋ぎをとっていた商人。
抜け目のないその男は、戦の前後もうまく立ち回り、多くの貴族にも
贅を尽くした舶来品などを納めていた人物だ。
それが今・・・。

門扉が固く閉ざされ、商人の館にしてはあまりにも静かな様子に
ただならぬ気配を感じて、塀を越えて中に入った。
そして二人がそこに見たのは、明らかに殺戮の痕跡だったのだ。

隣家から出てきた者を呼び止めて問うてみれば、返ってきたのは予想通りの答え。

「主の家族も使用人も、一人残らず・・・か」
「ええ、気の利いた品を仕入れる先が見つかったと、喜んでいた矢先に」
「さぞ・・・無念であったことだろう」
「ひゃっ?!こ、こちらの娘御は・・・」
「あ、ああ、ひどい風邪ひいちまって。ほんと、すごい声だよな」
「そ、そうでしたか。これはどうも、とんだ失礼を・・・」
「いや、それより、その仕入れ先とやらで喜んでたのは、いつ頃のことだ?」
「ええと・・・それは確か・・・」


「なあ、あの商人の話、荷が途絶えた頃と時期が符合するな」
「偶然とは思えない。しかし・・・、都からの贅沢な品が来なくなったとしても・・・さほどのことは」
「だが、他の船もだんだん寄りつかなくなってきてる。俺達が来たのはそのためだろう」
「では、荷の中に呪詛の種が仕込まれていたことも・・・」
「関係あるんだろうな」

「我ら一門を・・・狙ってのことか?まさか・・・落ち延びた先が、知られていると」
「あれだけの船数が南に向かったんだ。補給で寄港したところを当たっていけば、
だいたいの見当はつくだろう」
「この荒っぽいやり方は・・・朝廷がからんでいるとも思えないが」
「ああ。十中八九、鎌倉方とみて間違いないだろうな」
「だがそれならば、なぜ源氏は・・・兵を出さないのだろうか」
「ははは、遠すぎて、手が出せねえんだよ。下手に大遠征でもしてみろ。
それこそ鎌倉の足下が危うくなる」
「それで、こちらに残った平家の者や、その協力者を・・・」
「表だっては、しらみつぶしに残党狩りをやってるよな。
この家は、裏で動く者へのみせしめ・・・か」
「むごい・・・やり方だ」
「ああ、胸くそが悪くなるぜ。だが、効果的だ。勢力範囲に届かなくても、
ゆるゆると平家の首を締め付けていこうってことだ」
「将臣殿・・・」
「ああ、俺達は平和に暮らしたいだけだ。これ以上の邪魔はさせねえ」

「だが島の者達の中には・・・」
「都が忘れられねえやつもいるな。戻りたくなるのも、仕方ないのかもしれねえが」
「都からの品が届かぬとなれば・・・、不穏な動きに出る者が・・・」
「そっか。仲間割れを誘うってこともあるのか。俺達にとっちゃ、そっちの方が大問題だな」
「島での暮らしは穏やかだが、まだ・・・為すべき事は多い。みなが協力しなければ・・・」
「台風シーズンなんて、大変だったものな」
「た、たいふうしいず?」
「野分のすごいやつだよ」
「確かに・・・大ごとだった・・・」
「敦盛は、大活躍だったな」
「いや・・・私は・・・その・・・」

「よし!じゃ、次行くぞ」
「・・・他の協力者も?」
「無事を確かめねえとな。それに、残ったやつらとも連絡をとりたい」
「できるなら・・・、彼らも我々と共に・・・」
「ああ。一人でも多く、な」

敦盛は空を見上げた。
「それにしても・・・この異様な黒雲は」
「どうにも、イヤな感じだぜ」
「将臣殿・・・怨霊が・・・」
「くそっ!いったい今朝から何体目だ?キリがねえ、走るぞ!」
「あっ・・・将臣殿!こ、この姿では・・・」
「いいから走れ!!」
「△◆◎●×□〜!!!」




第4章 炎呪 

(1)兄と弟 (2)兄と妹 (3)現世と冥界の狭間で (5)鬼の力 (6)馬上の男 (7)弟子 (8)孤独を知る者 (9)闇の中の対決 (10)解放

[果て遠き道・目次(前書き)]

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