若い娘が、きょろきょろしながら街を歩いている。
年は望美と同じくらいだろうか。
すらりと背が高く、睫毛の長い潤んだ瞳をしている。
それだけならば美人、と形容できそうなのだが、
娘はそそっかしい質らしく、よそ見をしては通行人とぶつかりそうになり、
その度に細長い身体をかっくんと二つに折って頭を下げる。
髪が乱れて顔にかかるのを、うるさそうに払いながら、
娘は小さなため息をついた。
物陰からその様子をじっと窺っている者達がいる。
「あの娘か」
「いいえっ、違いますっ!」
「声がでかい」
「ごめんなさい」
「着物の色も背格好も、お前が白状した通りじゃないのか」
「すいません、でも頭に巻いていた布がありません。
背負っていた荷箱もありません」
「声が小さい」
「ごめんなさい」
「鉢巻きも荷箱も、捨ててしまえば同じことじゃないのか」
「で…でもっ…顔が…違います」
「基本的なことは最初に言え」
「私に簪を売りつけた娘は、もっといかつい顔をしてました」
「ではあの娘ではない、というのだな」
「たぶんおそらくまあまあそんなところでしょうか」
「む、むうう…」
首実検のために連れてきた間者の首根っこをつかみ、
猫のようにぶら下げたまま副頭領は唸った。
その間にも、娘は店に入っては何かを尋ねたり、
小さな脇道をのぞき込んだりしている。
「人違いとしても、あの子、何か困ってるみたい。放っておけないよね」
いきなり後ろから声がして、
皆ぎくりとして振り向いた。
その拍子に、副頭領は間者を取り落とす。
間者は地面で腰を打ち、「ひいい」と、丁度いい声の大きさで痛がった。
ヒノエだけは落ち着いていたが、少し咎めるような口調で言う。
「確かにそうみたいだけどね、どうして姫君はここに来たんだい?」
望美はあっけらかんとして答えた。
「だって、珍しくヒノエくんが怒ってるみたいだったから。
どうしたのかなあって、気になるよ」
「お前には、何でもお見通しなんだね。でも」
「大丈夫。ヒノエくんの足手まといになんかならないよ」
こういう時の望美が、このままおとなしく帰ることはない。
ヒノエも副頭領も、周囲に身を潜める烏の面々も、
よおぉぉく分かっていることだ。
とすれば、まずあの娘が無関係なのかどうか、それを確かめることだ。
「お前の言う通り、あの様子は確かにワケありみたいだね」
そう言うと、ヒノエは通りの人混みの中に滑り出た。
軽い足取りで、よそ見をしながら歩いている娘に近づいていく。
「きゃっ!」
ヒノエにぶつかりそうになった娘が、悲鳴をあげた。
避けようとした時に足がもつれたのか、大きくよろける。
ヒノエは、つ、と手を伸ばし、娘の腕を支えた。
「大丈夫かい」
「へ?」
「前をしっかり見ていないと、危ないよ」
「は…は…ぁ…」
娘は呆けたようにヒノエに見とれている。
と、はっと気づいたのか、細い身体をかっくんと折った。
「あ、ありがとうございます。それと、ごめんなさいっ!!」
「あああ、頭領は上手だなあ」
そのまま娘と話し始めたヒノエを盗み見ながら、副頭領がため息をついた。
「いかな手練れといえど、あれだけは真似できません」
物陰の烏が低い声で賛同した。
「……!…!!」
地面にへたりこんでいる間者も無言で賛意を示している。
とその時、全員があることに気づいて凍り付いた。
……望美様の目の前で、何てことを……。
しかし、
「ヒノエくん、あの子と話ができてよかったね」
望美はにこにこしている。
………望美様は……大物だ。
しばしの後、娘はヒノエと望美に向かって、話をしていた。
当然、烏は姿を隠したまま。
副頭領は間者をぶら下げて戻った。
「あたし、商売の道具を全部盗られちゃって…それで…」
泣き出しそうな声で説明する娘の話を聞きながら、
ヒノエは考えている。
小間物売りの娘……。
糸を手繰るとすれば、まずここからだ。
この娘が、どう繋がるか、それとも繋がらないのか。
毒針を仕込んだ簪を、あの間者に売ったという娘は、別にいる。
一番ひっかかるのは、その娘が、
熊野に送り込まれた間者を知っていたということだ。
偶然売りつけた、とは考えようもない。
つまり…、間者をさらに利用したやつがいる。
この一件、意外と根深いってことか…。
望美は、熱心に娘の話に耳を傾けている。
その横顔に、入り日が射した。
街の人々の動きがせわしくなった。
平穏な熊野の一日が、今日も暮れようとしていた。
深き緑に
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