「ヒノエくん、埋め合わせのこと、覚えてる?」
望美がにこにこして切り出した。
「うれしいね、お前の方から誘ってくれるなんて」
そう言ってヒノエは腕を広げた。
望美は笑顔のまま動かない。
やっぱりそうか…。
と、ヒノエは思う。
しかし口に出しては、
「焦らしてるのかい?姫君」
「焦らしてるのは、ヒノエくんの方だよ」
望美の口が、少しだけ尖った。
勘の鋭い望美は、もう気づいているようだ。
ヒノエ達の後を尾けてきたのが何よりの証拠。
隠しておくつもりはない。
何より望美自身が狙われたのだから。
だが、その話は少しだけ、後回しにしておきたかった。
甘い睦言を囁き合ってからでも、遅くはない。
しかし
「あの簪と、さっきの子と、何か関係があるの?」
望美がいきなり要点を突いてきた。
眼が爛々と輝いている。
「姫君は、一気に正解に飛びつくんだね」
「だって、みんな揃ってあんなことしてたら、誰だってそう思うよ」
「で、なぜ簪が怪しいと?」
「間者さんがいたから。ねえ、あの簪に何か仕掛けでもあったの?」
ヒノエは口笛を吹いた。
「ご明察ってね」
「じゃ、ちゃんと最初から話してくれる?」
「もちろん」
「♪」
「でも、やたらな人間に漏れるとまずいんだ」
「わかった。絶対口外しない」
「人に聞かれても困るからね、耳を貸して」
「うん」
「さあ、捕まえたよ、姫君」
荷箱を盗られたという娘、アザミは、
あの後、ヒノエの常宿に泊まることになった。
野宿は慣れているから、とアザミは言ったが、
荷物を盗られた上にそれでは可哀想だと、望美が言い張ったのだ。
もちろん、アザミが姿をくらますようなことがないように、
という理由がある。
まだ確認しなければならないことは多い。
とはいえ、屋敷に連れてくることなど論外だ。
誰彼の区別なくヒノエの正体を明かすことはできない。
そこで、二人でアザミを宿へと案内したのだった。
「わあああっ!立派なお宿…」
アザミは大声で驚き、次いでしょんぼりした。
「やっぱり、外でいいです。宿賃、払えません」
「いいんだよ、そんなこと気にしなくても」
「ま、困ってる時はお互い様ってね」
結局、一番小さな日当たりの悪い部屋に泊まることなったのだが、
それでもアザミは感激した様子で、
細長い身体を何度もかっくんかっくんと折っては、礼の言葉を繰り返した。
「じゃ、明日一緒に荷箱を捜そうね」
「は、はい!ありがとうございます」
望美はいつの間にか、盗られた荷箱を一緒に捜す約束を
交わしていたようだ。
烏もその荷箱を捜しているはずだが、
それをアザミにまで伝える必要はない。
半月の光が部屋に射し込み、もう夜半を過ぎたとわかる。
すぐ隣から聞こえる望美の規則正しい寝息を聞きながら、
ヒノエは眼を開いていた。
何かが、引っかかる…。
どの糸を手繰れば、正しい答えに行き着くのか。
時間がない。
一番早い道筋で、解決しておかなくてはならない。
近く法皇の御幸があると、内々の報せが来ているのだ。
これほど頻繁に来なくてもよさそうなものだが、
時期が迫れば、別当の仕事で忙殺され、
自由に動くこともままならなくなってしまう。
望美を狙ったのは、単なる挑発か。
それとも……。
翌朝、望美と一緒にヒノエも宿に向かった。
烏からの報告は、まだ届いていない。
「ヒノエ様!!」
宿に着くなり、主が青い顔をして飛び出してきた。
「昨日いらしたお客様が…」
「えっ?!アザミさんがどうかしたの?」
「昨晩、賊に襲われました」
深き緑に
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