深き緑に(まばゆ)き青に  〜4〜




鬱蒼とした木々の生い茂る峠道。
行き交う人々は、木漏れ日に照らされ、まだらの模様を映しながら歩く。

山道とはいえ、ここは熊野の主要路。
往還する人の流れが絶えることはない。

「無理しないでね」
望美が後ろを振り返りながら言った。

「だ、大丈夫ですっ」
アザミが勢いよく答える。

昨晩、宿で賊に襲われたものの、目が覚めて大声で騒いだために、
賊は逃げ去り、アザミ自身は幸い怪我も負わずにすんだ。
しかし、慌てて逃げようとして派手に転び、
さらには部屋の戸板まで壊してしまった。
その時にしたたかに腰を打って、アザミは速く歩けない。

「オレが手を引いてあげてもいいけど」
「けけけけ結構ですっ!!」

大きな岩を曲がりこんだ先から、かすかに水の音が聞こえた。

「あ、あそこです!」
アザミが前方を指さした。

道を少し下りたところに、小さな流れがある。

「あそこで水を汲んでいる時に、荷箱を盗られたんです」

「どうして大事な物を道端に置いていったの?」
望美はもっともな疑問を口にしたが、斜面を見下ろしてすぐに納得した。
「木の枝にひっかかったりすると身動き取れなくなるよね…」

「はい。それにあの小川までは道もないし、もし落ちたりしたら、
荷箱が壊れてしまいますから」

落ちたなら、荷箱どころか本人が危ない。

「うーん、まずは失くした所から始めてみたけど、手がかりはないね」
望美が少しがっかりした様子で言った。

が、
「そうでもないみたいだよ。あれは何だい」
ヒノエが、道の反対側の斜面を示した。

「あああっ!」
アザミが大声をあげた。
慌てながら、のろのろと駆け寄ろうとする。

「いいよ、私が取ってくる」
望美が道を下りようと、一歩踏み出した時、

ヒンッ…

何かが宙を飛んだ。

ヒノエは身を踊らせ、望美に覆い被さる。

「きゃあああっ」
悲鳴を上げたのは、望美ではなくアザミだった。
手で顔を覆っているが、指の間からしっかり見ている。

通りがかりの旅人が数人、何事かと集まってきた。

「ヒノエくん、何があったの?」
ヒノエの下から、望美が言った。
「怪我はない?」
「大丈夫」
「よかった」

ヒノエは起きあがると、黙って側の木を眼で示す。
「あ……」

望美は絶句した。

木の幹に深々と突き刺さっていたのは、黒く鋭い針だった。





「例の間者の雇い主がわかりました」
「雇い主?じゃ、あの間者、渡り者ってことか」
「はい。その割に素直なヤツで、目星をつけた豪族の名前を挙げて、
そいつが夜逃げした、と嘘を言いましたら、胸焼けしたような顔になりました」
「で、観念して全部白状したってわけ?」
「おとなしく反省しています」

副頭領とヒノエの間には、黒い針が置かれている。
尋問が滞りなくすんだというのに、副頭領の口調が苦々しげなのは、
その針のせいだった。

「ヤツが間者だと、最初からばれていた…ということは…」
副頭領の機嫌におかまいなく、ヒノエは続けた。

「では、雇い主を、少し揺さぶってみましょうか」
「できるのかい?」

副頭領は、小声でその名を言った。
ヒノエの口笛が響く。
「度胸ありすぎってね」

「例の娘は、まだ宿にいるそうですが」
「戸板を壊したから、その分、働いて返すそうだよ。
で、もう一人の手がかりはあったのかい?」
「申し訳ありません。まだ…」
「完全に雲隠れか。ということは…」
「ということは、何でしょう」
副頭領が、期待に満ちた声で言った。
しかし、ヒノエはさらりとかわす。

「いずれわかるよ。答は、もう出てるから。
肝心なのは、得体の知れないヤツが熊野で何か企んでるってこと」

「では」

部屋を出ようとした副頭領に、ヒノエは声をかけた。
「ついでに、もう一つ、頼まれてくれる?」



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