泰明×あかね 京ED後
突然の雨はひとしきり激しく降って、唐突に止んだ。
しかし一面に広がった鈍色の雲は、まだ低く重く垂れ込めたままだ。
寂れた小さな御堂から僧侶が二人、
軒端からしたたり落ちる雨だれを避けながら、そろそろと歩み出てきた。
ひょろりとした年かさの僧が、若い僧に呼びかける。
「永泉、急ぎましょう。きっと今頃、皆が心配しています」
「はい」
永泉は年かさの僧に素直に答えると、
御堂の中に向かって丁寧に頭を下げた。
「それでは、私達はお先に失礼いたします」
「つつがなき旅を。御室の……」
暗い御堂の奥から、男の声が漂い出たその時、
けたたましい声を上げて烏の群れが飛び立った。
ふいに、得体の知れぬ寒さが永泉を襲う。
ぎゃあぎゃあと喚き騒ぐ烏に追われるように、
永泉と年かさの僧は急ぎ足で御堂を後にした。
薄い木漏れ日の射す小径を、あかねは走っている。
周囲はしんとして音もなく、深い森に迷い込んだかのようだ。
しかし、あかねに不安はない。
なぜなら、ここは稀代の陰陽師安倍晴明の屋敷。
招かれざる者は足を踏み入れることもできないのだと、泰明から聞いている。
屋敷の門扉は、あかねが近づくとひとりでに開いた。
入ってみると、中には人影も建物もなく、
木々に囲まれた一本の径だけが、奥へと誘うように続いていたのだ。
自分は受け入れてもらえたのだろう、とあかねは思う。
ならば、この径を行けばきっと……。
「神子!」
その時、あかねの思いに応えるように、すぐ後ろで泰明の声がした。
気配も足音もない唐突さに少しどきりとしながらも、
会えてよかった、という安堵が先に立つ。
「泰明さん!」
しかし、振り向いてみると、泰明は案じ顔だ。
「お師匠の屋敷に来るとは、何か大事が起きたか、神子?」
「私は大丈夫です。でも……」
あかねが事情を話すと、泰明は微かに眉根を寄せた。
「永泉が……」
そして、「こちらだ、神子」と、あかねの手を取って歩き出す。
しかし泰明は出口とは反対の方に行こうとしている。
「泰明さん、どこへ行くんですか?
これからお出かけするところだたんじゃないですか?」
「神子と一緒にお師匠の所に行く」
「あ、そうでした。泰明さんはお仕事中だったんですよね。
一言ことわってから出かけないと、みんな困りますものね」
泰明はあかねを見て、小さく首を傾げた。
「私は神子を迎えに来たのだ。
お師匠の変化の道を走り回るより、私が案内した方が早い。
それよりも問題は永泉だ。確か、摂津から戻ったばかりのはず」
「……? はい。使いの人もそう言っていましたけど……」
「だからだ」
泰明は、あかねの手を握ったまま、すたすたと歩いて行く。
「厄介事が降って湧いたという顔をしているぞ、友雅」
帝は苦笑し、すぐに真顔になった。
「まだ余は、表立って命を下すことができない。
これが事実であっても讒言であっても、
書状一つで余が動いたなら、軽挙の誹りを免れないだろう。
だが、事が起きてからでは遅いのだ」
清涼殿の奥の間で、人払いまでしているというのに、
帝は声をひそめて話している。
友雅の前には、重ねて置かれた数枚の書状。
あろうことか、帝に奏上された書類に紛れていたものだ。
幾人もの役人の手を経て検分された中に、
得体の知れない文書が入り込むなど、本来はあり得ない。
それが一度ならず、起きた。
――確かに、厄介な事件だ。
どこから手を付けたものか……。
友雅は書状に一つ一つ眼を通していく。
勢いある筆跡は、友雅の知る誰のものとも一致しない。
内容はどれも短く、朝廷を巡る不穏な動きを報せるものだ。
――主上は冷静で英明なお方だ。
このようなものを目にしたなら、
不安にかられて、すぐに行動を起こしてもおかしくはないものを……。
しかし、友雅が最後の一通を手にした時、帝は僅かに身体を強ばらせた。
すぐに書状に眼を落とし、友雅はその理由を知る。
そこには太い墨跡で、こう書かれていたのだ。
――法親王に異心あり――
と。
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泰明さんのお誕生日に連載を開始しようとがんばりました。
最後までのんびりおつきあい頂けるとうれしいです。
2013.9.14 筆