「泰明、しっかり頼むぞ」
「お、おい、やつに、やたらと話しかけるな」
「でも、全然やる気がなさそうじゃないか」
「余計なこと言って、これ以上へそを曲げられたら、まずいだろう」
「あいつがへそ曲がりなのはいつものことじゃないか」
「不機嫌な顔もいつものことだ」
「で、そんな泰明に頼らなければならないのも…」
「いつものことだな」
ため息と共に、皆が一斉に声をそろえた。
「くだらぬ」
そう呟いた泰明は、確かに不機嫌だ。
後ろでこそこそ話している兄弟子たちのせいではない。
これから開かれる、陰陽勝負のためだ。
ここは内裏。
広い前庭に、左右に分かれて陰陽師の一団が対峙している。
左に安倍家の陰陽師、右には、大津と名乗る陰陽師の一団。
帝をはじめ、貴族達がその勝負を見るために集まっている。
大がかりに準備された、異例の催事だ。
しかし、前例はある。
かつて、安倍晴明もこのような術比べの場に臨んだ。
勝者は当然のことながら、晴明。
それ以来、安倍家は宮中で揺るぎない信頼を勝ち得、
陰陽寮での役割も不動のものとなっている。
だが……
今、安倍家の立場は少々微妙だ。
昨年の冬、内裏を呪詛が襲った。
それに抗すべく、安倍晴明自らが結界を張り、
不眠不休で帝の護持に務めた。
その一方で呪詛の根源を探り、それを断つこともした。
安倍家総力を挙げての働きにより、帝も内裏も事なきを得たのだ。
しかし、その功を手放しで賞賛することはできない。
確たる証拠は無かったものの、その背後に、
晴明の弟子がいたらしいのだ。
その弟子なる男、二十年も前に出奔して以来、
姿を見せず、生死すら定かでない。
だが袂を分かち、縁を切ったとはいえ、
安倍家に身を置いた者が関係した事件とあれば、
事が内裏という帝の側近くで起きただけに、
たやすく割り切ることはできない。
「事分けて考えよ」、との帝の言葉が無かったなら、
晴明に対し何らかの処断を加えるべき、との声を
抑えることはできなかっただろう。
そして頃を同じくして、空に凶兆が現れた。
月をはさんで、東西に二筋の雲。
それを証するかのように、産褥の床にある皇后が、
あっけなく身罷った。
内裏の呪詛と結びつけて、あれこれと噂がささやかれたのは、
無理もないこと。
さらには皇后の葬送の夜、清涼殿の帝を怪異が襲った。
弔いの日は、ことのほか穢れも強い。
それゆえに、安倍家の陰陽師が常より多く待機し、
強力な結界を張っていたにも関わらず…である。
「無意味だ」
不機嫌な声で、泰明は再び呟いた。
「めったなことを言うな。聞こえるぞ」
兄弟子の一人が聞き咎めて、泰明を制止した。
しかし、泰明はそちらを振り向きもせず言う。
「事実を言ったまで」
「泰明!己の立場を分かっているか」
「お前達こそ、分かっているのか、
我々が、仕組まれた勝負の場に出されたことを」
「何っ?!」
「まことか」
「なぜ、そうと分かるのだ」
「大津家の陰陽師とやらは、裏で内裏の者達と通じている」
「何だと?!」
「先程より、大津の後ろに控えた男が、
準備の者と次々に合図を交わしている」
「次々…とは、相手は一人ではないということか」
「その通り」
「どのような合図なのだ?」
「準備の者が指を動かし、その後目配せで了解の意を伝える、
という手順だった。指は、形と数を示したようだ」
「これだけ離れているのに、よく見えたな」
「お前達には見えなかったのか」
「だが、まずいな。帝の御前での勝負だ。
今となっては引き下がれないぞ」
「裏工作の疑いを騒ぎ立てたところで、
すぐにどうこうできるものではない」
「かえって、逃げをうったと思われるのがおちだ」
「くそっ、どうすれば……」
「問題ない」
「え?」
「勝てばよいのだ」
「本気か」
「無論」
その時、建物の中に静かな動きがあり、
辺りの喧噪が一気に静まった。
帝が座に着いたのだ。
しずしずと進みでた壮年の貴族が、
厳かに勝負の開始を告げる。
同時に、庭の中央に大きな櫃が運び込まれた。
蓋の上には綾織りの布がかけられている。
かつての安倍晴明と蘆屋道満の対決と同じ趣向だ。
変わり映えしないが、前例を重んじる内裏にあっては
仕方のないことなのだろう。
それゆえ不正も行いやすい…とも言えるのだが。
「此度の陰陽対決は、三番勝負とする。
三回とも、櫃の中に入れられた物を当てるのじゃ、よいな」
壮年貴族は、安倍、大津双方に櫃を指し示し、
「勝負を挑んだ大津の陰陽師よ、
そなた達から、先に答えよ」
そう言うと、その場を退いた。
「畏まって存じまする」
一番の使い手と覚しき男が、
屋内の帝に向かい深々と礼をした。
続いて、居並ぶ貴族達にも、丁重に頭を下げる。
そしておもむろに櫃に近づくと、大仰な仕草で印を結び、
何やら口の中で呪を唱えた。
「形ばかりだな…」
安倍の側から、声にならぬ失笑が漏れる。
しかしそれに気づいたそぶりもみせず、
大津の陰陽師はゆっくりと顔を上げ、
「櫃にしまわれたるものは、いと美しき羽衣にございます」
高らかに宣言した。
兄弟子達は先程の泰明のように不機嫌な声で囁き合った。
「む…その通りだ」
「一応、分かってはいるのか」
「いや、知らされているなら当然だ」
「しかし同じ事を答えると、間が抜けて見えるだろうな」
「それも仕方ないだろう。誤った答えをするわけにもいかぬ」
「後組の我らが不利だな」
進行役の壮年貴族が泰明たちに向かい、問うた。
「安倍の答えは如何に」
「同じく、羽衣だ」
そう答えようとした兄弟子の顔の前に、泰明が指を立てた。
とたんに、兄弟子の声が失せる。
「泰明、貴様…!」
「何をする!」
気色ばんだ兄弟子達だが、泰明の冷たい一瞥に口をつぐんだ。
「やつらに合わせる必要はない」
そう言うと泰明は櫃に向き直り、こともなげに言い放った。
「五色の花びらと陰陽術の札が入っている」
ざわ…と満座がどよめいた。
一番目の櫃から、異なる答えが出された。
これは、見物だ…と。
その中には、してやったりと、ほくそ笑む顔も見える。
「櫃を開けよ」
進行役の貴族の言葉に従い、布が取り払われた。
ゆっくりと櫃の蓋が開き、帝に向かい、中が示される。
中には羅の
安倍方に、苦い雰囲気が漂った。
勝者を宣言しようと、貴族が手を上げかけた時だ。
「それがまこと、羽衣かどうか、よく見るがいい」
泰明が小さく腕を振ると、櫃から羽衣がふわりと浮かび上がった。
「何と!」
一同の驚きの中に、羽衣はひらひらと飛び行き、
次の瞬間、はらりと揺れたと見る間に、
数多の花びらを四方に降らせた。
「おお!五色の花じゃ」
「これは美しい…」
感嘆の声がそこかしこに上がる。
今度は、大津の陰陽師達が苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
さらに、花吹雪が止んでみると、
「わ!これは何だ」
「札が…くっついて離れぬぞ」
「術が…術が効かぬ」
「おい!これは安倍の仕業か?」
すごい形相で、安倍に詰め寄ろうとするが、
安倍の側でも、事は同様だった。
「おいっ!泰明!」
「何を考えている」
「我々にまで禁呪の札を貼り付けることはなかろう」
しかし、泰明の答えはにべもない。
「相手方のみ呪を封じたなら、公正な勝負にならぬ。
力ある者ならば、この程度の禁呪など、すぐに解けよう」
その言葉と同時に、泰明に付いていた札が消滅した。
「く…言いたいことを言いおって…」
どちらの陰陽師も、同じ事を思っている。
一方、進行役の貴族は、事の経緯が飲み込めていない。
どうしてよいか分からぬまま、双方を見比べるばかりのその男に、
泰明はぶっきらぼうに言った。
「五色の花びらと、陰陽の禁呪札、その目で確認したか」
「う、うむう…確かに」
言い淀みながらも、救われたように、引き分けの判定を下す。
安倍、大津双方の陰陽師が、一様にほっとため息を漏らした。
しかし、勝負はまだあと二番、残っているのだ。
―― 花の還る場所 ――
プロローグ
2.迷子
3.陰陽勝負・後編
4.裁定
5.惑い
6.夢魔
7.宗主
8.治部少丞の不在
9.蠢くもの
10.月影
11.妖変
12.右大臣
13.童子
14.露顕
[花の還る場所・目次へ]
[小説トップへ]
2008.10.5 筆